ユートピア
東へと向かう列車の中、冷凍みかんを一つ食べ終え、アタシは軽くシートを倒す。
化繊のハンカチーフで目を覆い、臍下丹田に気を練る。
……確信出来る。わりとタフなミッションになると。……
…… ……
……気を練りながら、アタシは深い瞑想の境地に落ちて行く…………
…… …… ……
…… ……
……「警部、ジブンもう無理っす!」
累々と折り重なる屍体が発する血と肉の腐臭立ちこめる地下室でアタシの部下は、堪えきれずにガスマスクを外し嘔吐している。
オニと畏れられたアタシも流石にこの状況はメンドクサイ。
ーー指定暴力団、桐崎組の裏のシノギの一つがスナッフブデオの制作・販売であることは、内通者からの情報でわかっていた。
ヤクザ者のリンチやエンコ詰めをドキュメンタリータッチで綴った『ケジメ』なるシリーズが、USCの一部マニアにウケがよく、今現在ではヨーロッパを中心に、『藍』と『紅』なぞいう反吐の出るような2シリーズに需要が集中しているらしい。情報によると、誘拐から殺害までの実行部隊はスラブ系の元軍人で、ユーゴスラビアの紛争では様々な前線で自らをジェノサイダーと称し、残忍な殺戮を楽しんでいたタチの悪い猛者だという。
そのような畜生にも劣るクズ共がなぜゆえにジャパニーズヤクザの食客になっているのかはわからんけれども、とにかく本庁のマル暴も腰がヒけちゃっているようで、全国津々浦々の所轄から数人の腕利きとともに、アタシが特別対策本部の課長待遇で異例の出向とあいなったワケ。
桐崎組の表のシノギであるカブキ町のディスコ『ユートピア」その地下2階が、スナッフビデオの撮影現場。
開店直後の、一般客が来店する前を狙い、SATを率いての奇襲作戦。
あらかじめ全ての通用口を封鎖し、下水道、排気ダクトにも武装機動隊を配備。後は催涙ガスでいぶりだし、躊躇なくマル被の急所にナマリ玉をブチ込むだけだ。
突入を前に、アタシはSATの精鋭30人に檄を飛ばす。
「貴様ら、いいか! これはただのガサ入れじゃねぇ! 戦争だ! ヤツラをヒトと思うな! 見つけ次第ブっ殺せ。いいな。殺られる前に殺れ!」
今後も日本の治安を守らねばならない若き精鋭を、アタシの指揮するミッションで死なせるワケにはいかぬ。自然と、言葉に力がこもる。
「了解しました!」
力強く敬礼する若き精鋭達の目には美しい野獣のように蒼き焰が揺らめいていた。
現場には数人のヤクザ者が悶絶しのたうち回っている。
レフライトが向けられた壁際には、天井からクサリで吊るされたドンブリの刺青モンが低く呻いている。おそらくこれから『藍』シリーズの撮影が行われるところだったのであろう。
スラブ系ジェノサイダーズの姿は見えない。
逃げ出すヒマなど与えなかった。必ずこのフロアのどこかで、粘膜のただれる痛みに耐えながら反撃のチャンスを窺っているはずだ。
神経を研ぎ澄ませ、アタシは探る。クズ野郎共の鼓動を。微かな衣擦れの音さえも逃しはしない。が、しかし、ガスマスクが些かアダになっているのか、敵の殺気をなかなか感知出来ない。
焦りが感覚を鈍らせる。脈拍に乱れが生じる。芳しくない状況だ。
アタシは自分自身に必死に言い聞かせる。「狩る側はあくまでコチラ。非道な鬼畜共を追いつめゴキブリのようにクビリ殺してやる」と。




