マリアンヌ
アタシ達の打ち合わせと謂えば、オフィスではなくいつも此処。
オフィスより徒歩5分。蔦が絡まる素敵に妖しい純喫茶『マリアンヌ』。
荘厳なゴシック調のインテリアに相応しくない脱衣マージャンゲームの卓があのヒト=南晴男氏の指定席。
彼はホットなブルマンをすすり、眉根を寄せながら溜め息のように呻く。
「あぁぁあっちぃ!」
そんな仕草を眺めながら、此処で今すぐにでも交接に至りたい衝動を理性でねじ伏せる。
「え、と、急にどうかしたんですか?」
「おう、忙しいとこワリィな。お前に頼みてぇことがあるんだよ」
「仕事のオファーってことですか?」
「そうだ。ちゃんと報酬も出る」
「まぁじッスか! ま、額はあんまり期待しないでおきます」
「こんだけ出す」
と言って人差し指を立てる。
「へぇ、イチマンエンも貰えるんですか。なんかコァイですねぇ」
ハルオさんは、アタシのイヤミなど一顧だにせず、似合わぬシリアス顔で
「バーロゥ! ジュウだ! ジュウマンエン!』
「うそ!」
万年金欠症のこのヒトにジュウマンエンなど払えるわけないじゃん! 一体どうしちゃったの?
「嘘言ってどうするよ。まぁ、聞けや。
ウチのムスメらがやってるバンドがよぉ、どうやらレコード会社にスカウトされてるらしいのよ。こないだ商店街の振興組合幹部会でちょろっとそんなハナシをしたら豪ちゃんとマサやんがスッゲー舞い上がっちゃってさ。地元からスーパースターを出して商店街の振興の為にヒトハダ脱いでもらおうとかいって、もう、ウゼーくらいハリキっちゃってさ……」
ーー豪ちゃんというのは、猛田武士の父親で、(株)猛田不動産の社長。猛田豪太郎=タケダゴウタロウ(56歳)。商店街振興組合の会長でもある。
マサやんのほうは、桜井仁の父親で、(株)さくら建設代表取締役。桜井正義=サクライマサヨシ(50歳)。やはり振興組合の幹部役員である。ーー
それにしても分かり易いヒト……。このヒトが饒舌なのは、大概事実を隠蔽し改ざんしているなによりの証拠。本人に自覚がないようなので非常に助かる。
……にしても、今日のアタシが全開バリバリのスーパーマックスなのはハルオさんもお見通しのはず。わざわざバレる嘘をつくのは何故なのだろう。そこはちと今のアタシにも解せないわね。
少しムカつくわ…………
「……、それってDNTレコードのことですか?」
「えっ?」
なんで知ってるの? と、問いたげな彼の唇を人差し指で制し、唇の感触を指先から全身にフィードバックさせる。
体温が2℃程上がったのを悟られぬように、サっと戻して今朝の梶木からのオファーについて説明する。
ギャラについては、勿論一桁鯖を読んだ。全然釣り合ってないけど、これでおあいこにしてあげるわ。ふふっ……
いずれにしても、DNTの目論見として、野郎二人がトカゲの尻尾であろう事は明々白々。ルシャスというブランドと、スージーのカリスマ性をメディアの金粉で粉飾したいのだろう。
「カンペキに胡散臭いよな、この会社。で、お前に頼みてぇのは、DNTレコードの調査。つーか、ぶっちゃけ、シッポ掴んで欲しいのよ。なるたけ真っ黒いヤツをよぉ。オニの鬼塚さんにゃラクショー過ぎて申し訳ないんだけど」
「ハルオさん。依頼っていうより、指令に聞こえるんですけど、もはや」
「そんなことねーよ。なに? やりたくねぇの? おいおい頼むぜ、こっちにもプランてもんがあんだからよぉ」
「プラン? なんですかプランて! 大体、DNT追い込んでどうするつもりなのか聞かせてもらいましょうかね。当然の権利ですよね」
「お、お前ねぇ、権利とか義務とか、デモとかストとか、そういうことばっか言ってっと可愛くないよ。早く老けちまうよ……」
アタシはテコでも動かない意思表示として、プリン・ア・ラ・モードを注文した。
「うぅ、……いいさ、別に、俺がちょいと出張ってくりゃあいいハナシだからな。ジュウマンエン俺一人でかっちめちまうからねっ!」
ーーアタシの敬愛する師。この男。南晴男=ミナミハルオ(42歳)。後厄。
武術、体術からあらゆる兵器の操作に到るまで、超一流の高等技術を持つが、口頭技術のツタナさは相変わらずだーー
「じゃあさ、ハルオさん。ツーマンセルで行きましょうよン。その方が仕事早いしぃ。ギャラ折半でいいからぁん」
甘い猫撫で声で上目遣いのおねだりをしてみる。
「ばっ、ばかかっ! なに言っちゃってんの。おまっ、ばっ馬鹿言ってんじゃねーよ、つーか、お前今日やけにソソるメイクじゃね……」
彼の視覚にアタシのオンナの部分が認識されたことで、カラダ中を充足感が満たして行く。
そうよ、そういう風に誘導したのよ。悪い?
ついでにアタシからプリンをア〜ンして食べさせてやったわ。間接キス+間接キス=キスよ。……どうしよう、出来ちゃったら。……
「とにかく、こりゃ、我が街の振興に関わる重要なプロジェクトだからよ。俺に替わる働きが出来るのはお前しかいねぇじゃん。頼むぜアザミ。一生のお願い!」
と言って顔の前で両手をキツく合わせる。
このヒトの、一生のお願いを、アタシは何度聞いて来ただろう……
アタシはその度命を張ってでもかなえて来た。
アタシの願いは一度だって聞いてもらった事はない。
……それは多分、本当に一生の願いだから、……叶った瞬間アタシは死ぬのかもしれないわね。
実際このヒトは今現在、常楽町商店街振興のために寸暇を惜しんで東奔西走している。今般の件もタナボタとは謂え想定の範囲内なのであろう。……
……アタシは駒。角でも飛車でも、時には歩にさえなる。このヒトにとって都合の良いそしてかけがえのない駒。
それで十分満足よ。アタシが生まれて来た意味はその一点に集約されているの。
影に生き、闇に死す。
願わくば、死に場所がこのヒトの腕の中でありさえすれば……
「おい、アザミ? 泣いてんの? お前」
「え? ば、ばっかじゃない! そんなワケねーでしょう! アクビを堪えただけですってば。つーか、ハルオさん、なにアタシのプリン・ア・ラ・モード完食しちゃってんですか!」
「え? あぁ、わりぃわりぃ。これでもっと美味いもん食えよ」
ハルオさんは紫色のハラマキから、ムキダシのネイキッドな萬券10枚を脱衣麻雀ゲームの卓上に無造作に放ってよこした。
「……確かに10マン。頂きました」
「かかった経費は後で別途支給するんで、領収証とっといてな」
「助かります。じゃ、早速現地に飛びます」
「ああ、頼む」
やにわにアタシの両手を包み込む無骨で分厚い手。
いつもの台詞がアタシの背骨にビシっと芯を通す。
「イージーなミッションと、決して侮るなかれ。驕りこそが最大の敵。必ず生きて帰れ! わかったな!」
このまま握られていたらせっかく芯の通った背骨がドロドロに溶けてしまいそうだったから、自ら振りほどき敬礼で応える。
「侮りません! 驕りません! 必ず生きて帰ります!」




