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Tone & Pulse

 不意に響く黒いダイヤル式の電話のベル。

 受話器を取らずとも判るその不穏なパルス。

 理屈ではなく直感が、精神の武装を促す。

 6コール鳴る間の黙考を経て、おもむろに受話器を取る。

「はい、こちら『鬼塚探偵事務所』!」

 努めて居丈高に、傲慢な女王様よろしく、張り気味なテンションで、電話の向こうの相手に過剰な圧を以て応答する。

 電話の向こうではいかがわしいブランドスーツのイヤミなメガネヤロー(想像)が背筋を伸ばし、襟を正す素振りが窺える。(全く以て空想)

「あ、えぇと、あ、どうも初めまして。わたくしDNTレコード代表取締役、梶木と申します。早朝から失礼いたします」

 ……まずまずの反応だ。交渉の主導権はほぼ我が手に陥ちたと見て良いだろう。

これで煩わしい駆け引きは回避出来る。てゆーか、カジキって。ウケる。三平に釣られろよ、お前! ってカンジ!?

 ともあれ、今朝のアタシはすこぶる感度が良い。ビンビンだ。

 あのヒトを思い浮かべた朝はいつもそう。バイオリズムもあるだろうけど、全方位死角ナシ! 今のアタシをダシ抜けるヤツなんて地上には存在しない。

 ベルのサウンドからしてこのカジキの心情が手に取るように判ってしまう。ダークなフィールにムカつきが止まらない。

 そしてこのカジキ。このヤマがアタシにしか遂行出来ない事を確信した上で依頼してきている。

「DNTレコード? レコード会社が、この鬼塚に仕事の依頼ですか?」


ーーDNTレコード。メジャー企業『大日本帝国レコード』傘下のマイナーレーベルだが、そのセールス力はメジャーに比肩し、主にギャルバンドのプロモートで名の知れたプロダクション併設のレーベル。しかしその裏ではかなりいかがわしい非合法な営業をしていると、業界内でも悪評が絶えない企業だーーが、敢えて知らぬ素振りで、業界に疎いトーシロを装う。


「ええ、是非とも鬼塚センセイにお願いしたく……」

「どのようなご依頼でしょう」

「この度弊社とですね、契約を交わす事と成りましたバンドのですね、えーこのバンドというのが、蓮華市を活動拠点とするローカルバンドなんですが、……このバンドメンバーのですね、内偵調査をお願いしたいのです」

「バンドの……ですか?」

 あからさまに訝しむアタシの問いに動ずる事も無く梶木は続ける。

「はい、今後弊社が全力を挙げてプロモートして行きますバンドのメンバーひとりひとりのですね、素行から、利害関係のしがらみ、金銭面、異性間のトラブルですとか、可能でしたら、血族親族に至るまで、履歴前歴、前科の有無など、どんな些細な事でも……」

 この梶木とやらの口調が朝っぱらから胡散臭くてムカつく。

 バンドの調査だと? ジャリバンドの急所を握るだけにしては、念の入れようが過ぎやしないか?

 いくらマイナーとはいえ、天下の大日本帝国レコード系列会社が、バンドひとつに探偵雇ってまでなにを企んでいるのだ。俄然興味が湧いて来た。

「ローカルバンドのですか? 随分な念のいれようですね」

「弊社に於きましては、万が一のトラブルに備えいかなる人材にあっても、事前の内偵調査の徹底は必須事項となっております」

 更に嫌悪感剥き出しのアタシの問いにも全く意に介さない様子で調子良くフキまくる梶木。なかなかの強心臓だ。

 言い分としては、筋が通っていなくもないが、所詮は悪党の理屈。慇懃無礼な物言いもクソ生意気。つーか、この梶木とやら、生理的に好かない。受け付けない。

目の前に居たなら、ケツを蹴り上げ、唾を吐きかけ、ハイヒールで顔を踏みつけているところだわよ! というような感情は末那識の奥底に封じ込め、肝心な事柄を問う。

「……で、そのバンドの名前は?」

「Rouxious=ルシャスというんですが、ご存知ありませんか? そちらの地元ではかなり名が売れてると聞いていますが……」

 話の核心に触れ、アタシのパルスに些かのこわばりを見て取ったか、梶木の口調が微かに狡猾な獣の凶暴性を帯びたように思えた。

 アタシは間髪入れず応える。

「ルシャス……ゴメンナサイ、そういった若者のカルチャーに疎いもので、全く存じ上げませんね」

「左様ですか。……しかし是非とも鬼塚センセイにお引き受けいただきたいんですが、どうでしょう、着手金として100萬ご用意します。事が成りました暁には成功報酬といたしまして300萬!」

 この男、いかにしてもルシャスをモノにしたいようだ。

報酬の交渉にかける時間も惜しいと見える。だがそんなこたぁ、知ったこっちゃない。アタシをカネで釣ろうという魂胆が気に食わない。笑止千万だ。

大体がして、この手の悪党が、成功報酬など律儀に払うとは到底考えにくい。

 まぁ、いいわ。乗ってあげましょう。この高慢ちきな資本家の走狗の浅知恵に騙されたフリをしてあげるわ。……

「ほう、それはまた随分な。……わかりました。今現在かかえている案件が片付き次第取りかかるとしましょう。そうですねぇ……、それでは三日後、この時間、当事務所にて依頼契約書を作成しますので、ご足労ではございますが、梶木さんご本人がお見えになって下さい。印鑑と本人確認のできる身分証もお忘れなく」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、鬼塚サンよ! こっちゃぁ破格の条件を提示してるんだ。今すぐにでも取りかかってもらいたいんですがね!」

 だんだん地金が見えて来たじゃない。このカジキマグロがっ。語気に恫喝の色合いが混じっているわよ。ま、そっちのほうが、アタシもやり易いんだけど。

「カジキさん、物事には順序ってもんがあるのはご存知ないですか? つーか、アタシのルールに従えないってんなら、他をあたりな!」

 梶木の鼓膜に軽く突き刺さるていどの怒気で一喝してやる。

「ぁあああっ、スンマセン! つい、……お気に障りましたらご勘弁を。……承知致しました。それでは三日後の午前8時30分 でよろしいでしょうか……」

 この呑気なヤングエグゼクティヴ、どうやらアタシの内偵は出来ていないらしい。ま、いずれにしてもこの程度の業界ゴロに掴まれるようなシッポは持っちゃいないけどね。

「ええ、分かって頂ければ結構。それでは三日後、午前8時30分。お待ちしております」

「何卒よしなにひとつ……」

「あ、それからもうひとつ」

「な、何でしょうか?」

「ギャラの単位ですけど、ウォンじゃないですよね!」

「……ご心配なく。エンです……」



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