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青いルビーは存在しない

 世界で一番有名な探偵は誰かと訊かれたら、ほとんどの人は「シャーロック・ホームズ」と答えるだろう。十九世紀のイギリスにコナン・ドイルによって生み出されたこの探偵は、百年以上の長きに渡って愛され、もはや「名探偵」の代名詞とも言える存在となっている。

『シャーロック・ホームズ』シリーズは、子供向けの訳も多数出ており、私も子供の頃から、この名探偵の登場する作品に慣れ親しんでいた。

 さて、この『シャーロック・ホームズ』シリーズの中に、『青いルビー』『青い紅玉』などと訳されている作品がある。世界に一つしかないという青いルビーが盗難にあい、それを偶然見つけてしまったホームズが、犯人探しをするというストーリーだ。

 話自体はよくできているのだが、当時の私は、作中で盗難にあう「青いルビー」という存在が謎で仕方がなかった。鉱物に詳しい人なら知っていると思うが、赤い宝石の代名詞のように言われているルビーと、青い宝石の代名詞のように言われているサファイア、この二つは同じ石である。両者は「コランダム」という同じ種類の鉱物だ。これは様々な色があるのだが、そのうち赤いものをルビーと呼び、それ以外の色のものはサファイアと呼ばれる(紛らわしいので、緑のものはグリーン・サファイア、透明なものはホワイト・サファイア、黄色いものはイエロー・サファイアという具合に、色名をつけて呼ぶことが多い。なお、ピンクのものはピンク・サファイアと呼ぶが、この辺りになってくると、もうルビーでもいいのではないかと思う時がある)

 つまり、青いコランダムというのは単なるサファイアなので、ルビーが青いというのはありえない。初めて読んだ時から、「ホームズが手に持っているこれは、いったい何?」と疑問であった。

 なお、今ほど科学が発達しておらず、目の前にある鉱物が何なのかの判別が難しかった時代、赤い宝石はどれもルビーと呼ばれていた時代があった。そのため、後世になってから、「ずっとルビーだと思われていたが、実は他の石」だと判明した石もある。有名なところでは、イギリスの王冠に飾られている「黒太子のルビー」という石がそうだ。この石の正体は、スピネルという石である。ただしスピネルには青い物もあるので、ホームズが手にした石はスピネルではない。

 さて、この作品に登場する青い石は、一体何なのであろうか。原文ではこの石は "blue carbuncle" となっている。「カーバンクル」と呼ばれるのは、丸く磨きあげられたガーネットのことである。なお、天然の青いガーネットというのは存在しないので、青いガーネットと考えれば、一応の辻褄はとおる。

 ただ気になることがある。ホームズはこの石のことを「炭素の塊」だと言うのだが、ガーネットはケイ酸塩鉱物なので、炭素の塊ではない。炭素でできているのはダイヤモンドである。ホームズさん、あなた、鉱物には詳しくないのかな? と突っ込んでみたくなったりする。

 ところでゲームなどで「カーバンクル」というモンスターを見かけることがある。額に宝石がはまっているモンスターで、このはめこまれている宝石のことも、カーバンクルと呼ばれたりする。これはもともと伝承の生き物で、額にカーバンクルがはまっている。それがゲームのモンスターとして転用されるようになったわけだが、この「カーバンクル」を手に入れると、様々な幸運に恵まれるという伝承がある。もしかしたらドイルは、この伝承のことも考え、「謎の宝石」というつもりで、作品に出したのかもしれない(もっとも、ただ単にドイルが鉱物に詳しくなく、適当に書いてしまった可能性も高い。ドイルがこれについて語っているという話は聞いたことがないから、永遠に解けない謎だろう)

 なお、最近は『青いルビー』『青い紅玉』というタイトルに「誤訳では?」という意見が多くなったせいか、『青いガーネット』『青い柘榴石』というタイトルで出版されつつあるようだ。

 後何年かしたら、『青いルビー』というタイトルを知らない人の方が多くなるのかもしれない。



 さて、この作品では、ある男性が落として行ったガチョウから、ブルー・カーバンクルが発見される。その鳥の素嚢に入っていたのだ。言わずもがな、ガチョウがそんなものを黙って食べるわけがない。犯人が怪しまれずに宝石を運び出すために、ガチョウに無理矢理呑み込ませたのである。

 この話の時期はクリスマスであり、ガチョウはクリスマスのご馳走用として売られたものである。イギリスにおけるトラディショナルなクリスマスディナーは、ガチョウの丸焼きなのだ。ディケンズの名作『クリスマス・キャロル』に登場する、スクルージのところの事務員、クラチットの家でも、最初はガチョウの丸焼きを作っている(なお、話の終盤では改心したスクルージから、特大サイズの七面鳥がプレゼントされる。イギリス人がアメリカ大陸に入植してからというもの、七面鳥の丸焼きはポピュラーなご馳走となった)

 残念ながら、ガチョウの肉を食べたことはないので、どんな味なのかはわからない。読んだ本によると赤味の肉らしいので、カモ肉に近いのかなと考えている。

 なお、ラストでホームズとワトソンが食そうとするディナーは、「山シギ」である。これはおそらくジビエだと思うが、これまた食べたことがないので、どんな味なのかはわからない。

 ちなみに、エメラルドとアクアマリンも鉱物的には同じ石である。この両者はベリルという石で、緑のものをエメラルド、水色のものをアクアマリン、黄色のものをヘリオドール、ピンクのものをモルガナイトと呼ぶ。

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