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パンとケーキの境は曖昧

「パンケーキって、パンなの? ケーキなの?」

 以前、知人にこう訊かれたことがある。



 パンケーキはパンかケーキかと訊かれたら、答えはケーキだ。

 何故なら、パンケーキのパンは、食べるパンではなく「フライパン」のパンだからだ。

 パンケーキは英語である。 "pancake" と書く。主食として食べる、主に小麦粉で作られた「パン」はポルトガル語由来(スペイン語でもフランス語でもパンだが)の言葉で、英語では「ブレッド」になる。

 では英語で「パン」というのは何かというと、平たい浅い鍋のことである。「フライパン」は「フライ用のパン」という意味だ。フライパンで焼くケーキだから「パンケーキ」なのである。なお、「フライ」と表記すると日本人は揚げ物の意味に取ってしまうが、向こうで「フライする」というのは、油を引いて焼いたり炒めたりすることを指す。たまに区別のついてない人が訳したのか、どう見てもムニエルなのに「フライ」と訳されている料理を見かけることがある。

 ちなみにアメリカには「ホーケーキ」という料理がある。これは、コーンミール(とうもろこしの粉)を使って作るパンケーキの一種だ。昔々、仕事に忙しいお百姓さんが、作った種をカンカンに熱した「ホー(鋤)」の上に乗せて焼いたことから「ホーケーキ」の名がついた。ホーで焼くケーキだからホーケーキ。ただし、現在では鋤で焼くことは稀なようだ(日本でも、「ちゃんちゃん焼きは忙しい漁師さんがスコップで焼いて作っていたという説がある。人の発想はどこでも同じような感じなのだろう)



 とまあ、こんなことを書いてきたが、実際のところ、パンとケーキには、あまり大きな違いはないように思える。もちろん「スポンジケーキ」や「パウンドケーキ」は、パンとは違うだろう。だが実際、パンとケーキを分けるものはなんだろうか?

「パンは食事に食べるもの、ケーキはおやつに食べるもの」

 こう、答える人もいるだろう。

 だがちょっと考えてみてほしい。外国の映画や小説などの朝食のシーン、そこで登場人物がパンケーキを食べていることがなかっただろうか。朝食にパンケーキ、極めてよくあるシーンである。向こうでは、パンケーキはおやつというよりも食事感覚で食べられているのだ。日本でも、食事感覚のパンケーキが食べられるお店が、最近増えてきている。

「塩味がパン、甘いのがケーキ」

 甘いパンはたくさんある。パン屋に行けば、ジャムパンやクリームパン、はたまたデニッシュペストリーなど、様々な甘いパンが売られている。一方で、「ケークサレ」と呼ばれる、甘くないケーキも存在する。

「イーストを使うのがパン、重曹やベーキングパウダーを使うのがケーキ」

 パンも、ものによっては重曹やベーキングパウダーで膨らませる。こういったパンは一般的に「クイックブレッド」と呼ばれる。イーストを使うパンと比べたら少数派ではあるが。また、イーストを使って膨らませるパンケーキも存在する。パンケーキだけではない。ドーナツや、ワッフルもそうだ。イーストで膨らむイコールパンではないのである。



 こうして考えてみると、実際のところ「パン」と「ケーキ」に厳密な違いというのはそんなになく、適当に「パン」と呼ばれたり、「ケーキ」と呼ばれたりしているだけのように思えてくる。

 もちろん異論がある人もいるだろう。だが、パンもケーキも人間が作り出したものだ。作り出された時、それを当時の人々はどういうふうに命名したのだろうか。「なんとなく」のフィーリングで呼ばれているうちに、定着してしまったものもあるのだろう。あまり厳密に考えてはいけないものなのかもしれない。



「パンがなければケーキを食べればいい」


 こんな言葉がある。

 フランス革命で散ったマリー・アントワネットの言葉だと言われているが、実際のところは彼女ではなく別人の言葉であり、更にこの「ケーキ」は、訳語がこうなっているだけで、原語ではブリオッシュであると言われていたりする上に、この「ブリオッシュ」が、現在のものとは全く違っているという説まであって、もはや私には何がなんだかわからない発言である。

 さて、ちょっと面白い話がある。以前にも言及したバーバラ・M・ウォーカーさんの本によれば、パンを焼く暇のないアメリカの開拓民は、パンケーキを焼いて食べていたのだそうだ(このパンケーキは、コーンミールを使った「ジョニーケーキ」「ホーケーキ」も含んでいるものと思われる)

 これは手間隙を考えれば妥当な話である。現代人にはピンと来ないかもしれないが、当時の人にはパンを焼くというのは一日仕事、いや下手をすれば、前日からかからないといけない大仕事なのだ。天然酵母を使ってみたことのある人ならわかるだろうが、あれは発酵に非常に時間がかかる。一次発酵に一晩くらい時間を見た方がいい。パン生地をこね、一次発酵させ、ガス抜きして成型し、二次発酵させて焼く。この焼くのにしても、オーブンが一定の温度になるよう、按配を見ながら薪をくべねばならないのだから、その大変さたるや、推して知るべし、である。

 パンケーキの場合、たいていは重曹で膨らませるので発酵時間がいらない。イーストを使うレシピもあるが、この場合でも一次発酵のみで二次発酵はさせないし、材料も混ぜるだけでこねなくていいし、成型という面倒な手間もいらない。温めたフライパンに玉じゃくし(なければスプーン)で種を流せばいいのだから。このように、パンケーキはパンよりずっと短時間で作れる。朝から晩までせわしなく外で働かなければならなかった当時の開拓民に、パンケーキが重宝されたというのは非常に頷ける話である。

 余談。

 日本で「シュークリーム」と言えばお馴染みのお菓子。だが英語で「シュークリーム」というと「靴墨」のことになってしまう。英語圏の国に出かけた日本人観光客が、喫茶店でシュークリームを注文しようとして、店員に「うちでは靴墨はお出ししていません」と言われたという笑い話があるぐらいだ。


 ちなみに英語ではシュークリームのことは「クリームパフ」と言う。

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