クリスコって?
「小麦粉とクリスコで生地を作る」
これも、子供の頃に読んだ本で出会った、謎の記述である。私の記憶に間違いがなければ、当時小学校の二年生だったはずだ(現物は手元にないので記憶で書いている)ちなみに、ピザについて書いてあるシーンだったはずである。具はカニか何かだったと思うが、よく憶えていない。例によって、食べているシーンが美味しそうだった。
さて、謎なのが「クリスコ」である。当時小学生だった私は、母に訊いてみた。
「クリスコって何?」
「知らない。そもそも何?」
それが母の返事だった。
「料理の材料としてここに『クリスコ』って書いてあるんだけど」
「聞いたことない」
母に訊いても埒があかなかった私は、今度は学校の先生に訊いてみることにした。まあ要するに、当時の私にとって身近な大人といえば、両親か学校の先生ということになってしまうからだ。
「クリスコって何?」
「え?」
記憶で書いているのでうろ憶えなのだが、先生の反応はこんな感じだったと思う。私は本の説明をし、料理の説明もして、その上で「クリスコとは何か」と再度訊いてみた。
「クリスコ……クリと関係がある……わけないわよね」
先生は最終的には私に「わからない言葉がある時は、辞書を引きましょうね」というアドバイスで終わらせた。もしかしたら内心で「めんどくさいこと訊いてくる生徒だなあ」と思っていたかもしれない。先生、すいません。
私は帰宅してから、辞書を取ってきて引いてみたのだが、「クリスコ」という単語は載っていなかった。なお、これはものがものなので、おそらく現在でも載っていないと思う。
クリスコって一体何なんだろう。その本は、当時小学生だった私に、解けない謎を残したのだった……なんちゃって。
そうこうするうちに年が流れて、その本のことは記憶の彼方になった。やがてお菓子作りを趣味にするようになった私は、ある問題に直面した。小麦粉や砂糖が、あっという間になくなってしまう。しかも、あれは結構重い。更に、レシピによっては、近所のスーパーで材料が売ってない。デパートでも見つからなかったりする。
どうしたら……と思っていた時に出会ったのが、製菓材料を専門に扱うネット通販だった。小麦粉も砂糖も二キロ半から三キロの袋がある。バターも大きいサイズを扱っている。見ないような珍しい材料も取り扱っている。しかも通販だから家まで届けてくれる。私は即座にそのサイトを「お気に入り」に登録することにした。
登録した後、商品を一つ一つ眺めていたが、その時、ある商品が目に入った。それは。
「クリスコ社のショートニング」
ああ、あの本に出てきたのはこいつのことだったのか。そう言えば向こうの人は、商品のことを会社名で呼ぶことがあったな、なんてことを思い出す私。あれはつまり、あの話の中ではショートニングのことを、作っている会社名の「クリスコ」で呼んでいたのである。パソコンの画面に映し出されている青い缶に、「正体はお前だったのか」と思わず呟いてしまった私だった。
このショートニングはバター不足の折に購入して使ってみたのだが、風味や香りという点ではバターに遠く及ばないものの、使い勝手は非常に良かった。特に、バターのみで作った生地よりダレにくいのはありがたかった。また、型に塗るための油脂としても、ショートニングは使いやすかった。そのため、バター不足が解消されてからも、私はショートブレッドやスコーン、タルト生地などにはショートニングを使うことにした。
そんなわけでしばらくクリスコにはお世話になっていたのだが、二〇〇六年、添加物規制に引っかかり、クリスコは輸入禁止になってしまった。
仕方がないので現在、国産の別のメーカーのショートニングを使用しているが、滑らかさという点ではクリスコの方が上だったと思う。CRISCOと書かれた青い缶のことを思って、淋しくなる時がある。