アイは世界を救えるか
短編企画「イヴに世界とキミと」様 参加者様&概要
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何時の時代、何処の世界でも世界を滅ぼそうとする集団は多くいる。今回事件を起こす『魔術師』というのも、その集団のうちの一つだ。『醜く歪んだ世界を私たちの魔法で元の世界に戻そう』というキャッチコピーの下、全世界を股にかけて活動を行っている。
『魔術師』は、秘密裏に全世界再起動計画というのを実行していた。もし、彼らが許せないほどの事態が起きた場合、その計画を起動して世界を破滅へ導き、一からやり直そうというものだ。もう既にその準備は出来ていて、彼らが呪文を唱えればすぐに『光の巨人』が全世界の何処かに現れる。
そして本日、世界の存亡を賭けた大事件が起きる。
十二月二十四日、日本時刻は十八時。モスクワに住んでいるある一家は雪合戦を始め、ロサンゼルスに住んでいるある女性は商店街を一人寂しく歩き、東京に住んでいるある男性はクリスマスツリーの飾り付けを行い、北極にいる『魔術師』の前では世界を滅ぼすべく光の巨人が出現した。
-小説家-
「いらっしゃい」老眼鏡を掛けた古本屋の店主が、新聞から目を離さずに言った。
「本当にいいの?」と鞄の中の彼女が俺に問いかける。ごめん、と謝りながらレジへ向かう。
俺の姿が視界に入ったようで、店主が新聞から目を離した。「どうしたんだい?」
「あの、本を売りたくて」彼女の「何で!」という声に耳を塞ぐ。
「ほう」
俺は鞄から彼女――『万人に命があるように』という題名の本を取り出す。内容は、頭脳明晰、運動神経抜群、三年連続生徒会長、親は大会社の社長、という誰もが羨む高校生男子がいて、一見悩みなんて無さそうな彼が持つ悩みとはなんだろうか、という話だ。
実を言うと、これは俺の作品だ。
小説家になろう、と思い早十年。色々な賞に応募しているものの結果は未だ出ず、親には「今年中に結果が得られなかったら何か職に就きなさい」と言われていた。そして、迎えてしまった今年最後の賞。なんとそこで、俺の作品がある出版社の新人賞の一次審査を通過した。初の一次審査通過ということで嬉しさのあまり、記念に俺は印刷会社で働いている友人に頼み込み、俺の作品を本にしてもらった。
結局その作品は二次審査で落ちてしまい、今は就職活動に励んでいる。
仕事をしながらでも賞には応募できると思うが、十年やってこんなにも成果が出ないということは、やはり俺には才能が無いという事。俺は、書く事をやめて自分の本を売ることにした。
だけど、やはり自分の作品がどうだったか感想は聞きたい。「買いました!」とか、小説内の台詞を書いてあるだけでもいい。「この台詞がよかった」なんて言われたら百年の眠りからでも覚めれる。俺は栞に自分のメールアドレスを書いておいたのを仕込んだ。
店主はぱらぱらと頁を捲っていき、表紙をちらりと見る。聞いていた通りの適当さだ。普通なら、どこの出版社か書いていない時点で拒否されるのに、ここだと余程汚くない限り買い取ってくれる。店主は俺の方を見て、値段を告げる。「三十円」
三十円。その言葉が胸に深く突き刺さる。俺の作品は、所詮三十円程度か。
俺は「……はい」と言って、鞄から財布を取り出した。
メールボックスを見るが、感想はやはり来ていなかった。
溜息をつく。売ってからもう二週間、そろそろ誰か買ってくれてもいいんじゃないか?
頭の中、重心が傾くような感覚。どうしたんだろう、と思ったときにはもう、目の前は真っ白だった。
-ニュース-
「速報です。先程A県A市において、未確認生命体が出現しました。人の形をしたそれは、全く動くことなく立っているということです。高さはおよそ100メートル。特徴は全身が光っているという事です。そして、この未確認生命物体が出る前兆なのか、世界各国で突然意識を失くす方が続出しているようです。周辺に住んでいる方々は、いつ未確認生命物体が動き出すか分からないので、早急にその場から離れてください。速報です――」
-彼氏-
本を閉じ、ふうっと息を吐く。なかなか面白かった。
一昨日、近所にある古本屋に行くと、レジの近くにこの本が置いてあった。特に目を惹く何かがあったわけではないが、見つけた瞬間に「私を買い取って……」という泣き声が聞こえたような気がした。僕はすぐさまレジへと持っていった。
今日はたまたまバイトも大学の講義も無く、一日暇だったのでこれを読んでいた。
題名しか書かれていないシンプルな装丁の表紙を見る。名前は猿乃犬助。出版社は――書いていない。背表紙を見るが、書かれているのはこの作品のあらすじだけだった。出版社が何処にも書かれていない。
栞の裏にはメールアドレスが書いてあった。作品の感想はこちらに、ということだろうか。
テーブルに置いてあった携帯電話が震えだした。僕は本を置き、携帯電話を手に取る。メールかと思ったが、震えているのが長い。着信のようだ。ディスプレイを見ると、『希美子』と書かれていた。
「もしもし」
「もしもし?」彼女の高い声が、耳に飛び込んできた。
「どう? お義母さんとの旅行は」
今日は十二月二十四日。クリスマスイヴというやつだ。僕は当初、希美子とデートをしようと思っていたんだが、お義母さんが商店街のくじ引きでA県の有名旅館一泊二日の無料券を当てたらしく、しかもその有効期限が十二月二十四日までという事で、希美子はお義母さんと旅行に行っている。最初はお義父さんとお義母さんで行く予定だったらしいんだが、急遽お義父さんが出張になってしまい、希美子が取られる事になった。僕らにその券を渡せばいいじゃないですか、と何度思ったことか。ちなみに僕らは、二十五日にデートの予定だ。
「あ、妬いてるんでしょ」にやにやと笑っている彼女の顔が思い浮かぶ。
「うっさい」と口を尖らせると、彼女は笑った。
「まあ、明日逢えるんだか」
向こう側で、衝撃音。何が起きた?
「希美子? 希美子?」呼びかけるが応答は無い。さあっと、身体全体が冷たくなっていく。
手が冷たいのに、汗が出てくる。なんだ? なんだ?
甲高く短い音が連続して二回鳴った。まるでそれは、警報音だった。
その音はテレビから出ていた。テレビの方へ目を向ける。
「速報です。先程A県A市において、未確認生命体が出現しました」
未確認生命体? なんのことだ?
遅れて、A県A市という地名が頭の中に響く。A県はうちの隣の県だ。……いや、そんなことじゃない。何か、大切な事を。ふっと、頭の中に彼女の顔が浮かんだ。綺麗な長い黒髪、大きい瞳。
「……まずい」今、あそこには希美子がいた。
キャスターが情報を読み上げていく。「特徴は全身が光っているという事です。そして、この未確認生命体が出る前兆なのか、世界各国で突然意識を失くす方が続出しているようです」
電話を切った。とにかく助けに行かなきゃ。
ジャケットを羽織って、玄関まで行く。
けど、行ってどうなるんだ? 僕があの光の巨人相手に何か出来るのか?
歩みが止まる。何も言い返せない。
……そう、僕には何も出来ない。
「何も出来ない人間がいるわけが無いんだよ」
あの小説の一文を、思い出した。
僕にだって、きっと何か出来るはず。
一歩、前に進んだときだった。
瞬間、背中が引っ張られるような感覚。
「おお、来た」
目を開けると、目の前には白いローブを着た青年がいた。高校生ぐらいだろうか。ここは何処だ、と見渡すが、物も何も無くただ白いだけだった。
「えー、大変すまないことなんだけど」いきなりその青年は謝りはじめた。「こっちは代替わりしたばっかりで、まだ力が溜まってないんですよ。実は、これやるだけで精一杯だったり」
代替わり? 力? 全く意味が分からない。
「まだ僕にはあいつを壊すほどの運命を操作できる力を持ってないんです。そこであの集団があれを出したからさ。中々困ってるんですよ」
何のことだ、と言おうとするが声が出ない。口すらも開かない。まるで、自分より格上の存在――例えば神様――へ喋る事を拒否されているようだった。
「ってことで、あれ倒してくれません?」
あれ、とは何だ。
そう思うと、青年は僕の思いを察したのか「ああ、あれってあれです。光の巨人」と言った。
「普通の人間にあれ倒せって言っても無理なのは分かってます。だから、ヒントを一つ」青年はそう言って右手の人差し指を立てた。
「声を掛けてください。あれは、人の魂が集まって出来ています。なんで、一人の魂が覚醒すれば連鎖するように他の人の魂も覚醒していきます」
言葉って、どんなのを掛ければいいんだ。少し考えるが、月並みのしか浮かんでこない。
「そういうことでお願いします」にっこり笑って、青年は言った。「ちなみに、今日中は動きません。けど、日が変わると動き始めて世界を破滅へ導くんで」
今日中に始末しろってことか。僕は心の中で苦笑する。無茶じゃないか?
途端、落ちていく感覚。
「あの言葉を、思い出してくださいね。あと、選んじゃったお詫びに、そこまで飛ばしておくんで」
ちらっと、そう聞こえた気がした。
-魔術師-
現在時刻、日本時間で十一時五十分。あと十分で、この世の破滅が始まる。
何故我らが今日、あの巨人を動かしたか。理由は、一年の中でクリスマスが一番人間の油断する日だからだ。
光の巨人の欠点はほぼ無いと言ってもいい。魂を覚醒させたとしても、二人以上の魂を覚醒させなければいけない。そんなことは到底無理だ。
これでやっと、全世界再起動計画が動き出す。
「示してみろ、神よ。私が正しいか、世界が正しいかを」
-彼氏-
教会の前、そこは光で満ちていた。眩しいな、と目を凝らすとそれは人型である事が分かった。
光、人型――。はっとする。巨人か!
夢のような、あの時の事を思い出す。
「声を掛けてください」
青年は確かにそう言っていた。そう言えばあいつは何者なんだ、と今更不思議に思った。
「声を掛けろって、どうすればいいんだよ」右の拳でハンドルの中央部を殴る。……ハンドル?
僕は驚く。何でさっきまで玄関にいたのに、今は光の巨人の目の前にいるんだ。しかも、車に乗って。
思い出そうとするが、思い出せない。玄関から青年の所に行って、その次は今に至る。
わけが分からなかった。何で僕はここにいるんだ。
カーナビの時計表示が目に入る。時刻は十一時五十一分だった。あの青年は「十二時になったら動きだす」と言っていた。もう、ここが何処だとか考えてる暇は無かった。
残り九分で、あいつが動き出す。
動き出せば、世界が終わる。
つまり、もう希美子に逢えなくなるということだ。それは嫌だった。
シートベルトを外す。
家にある賃貸のカタログを思い出す。これから、彼女と一緒に住もうと思っていた。彼女の「おはよう」で目を覚まして、彼女の「おやすみ」で眠る。そんな幸せな日々を彼女と過ごしたい。
ドアを開けた。
だから、僕らの幸せを妨げるあいつは、とても邪魔だった。許せなかった。
「止めるよ。希美子を救うために」
ドアを閉める。すうっと息を吸い込み、声を出す。
「希美子! 聞いてるか!」
反応は無い。だが、続ける。
「なあ、目を覚ましてくれよ! 明日、一緒に逢うって約束しただろ?」
微動だにしない。
「クリスマスプレゼント、希美子が欲しがってたネックレス! あれにしたよ。朝から並んでさ……しかもすっげえ並んでんの! 買う為に大学の講義休んじゃったよ」
変わらず、光り続けている。
「付き合い始めの頃さ、よく喧嘩してたよね。正直、ここまで続くと思ってなかった。何回か別れようとか思ったけど、心の中に希美子と離れたくないって言う気持ちがいつもあった」
腕時計を見る。五十五分。あと、五分しかなかった。
「希美子! 聞こえてるのか? 聞こえてないのか? 聞こえてたら返事をくれよ!」
問うたものの、返答は来ない。心臓の鼓動が早まる。
希美子を失いたくない。ずっと、一緒にいたい。
「なあ、僕の声聞こえてるんだろ? なあ!」
言葉が思いつかない。時間だけがただ進んで行く。
何を言えばいいんだろう。血液を巡る音がただ脳内に響く。なにをすればいいかもわからず、焦りが頭を支配する。
怖い。ミスが出来ないことが怖い。失敗は許されない。責任感が、重く圧し掛かる。
時計を見ると、もう二分も過ぎていた。五十七分。さっきまで、あと五分だったのに。
秒針の音がやけに大きい。時を刻む音が、鼓動を急かせる。
何か、言わなくちゃ。きっと、何か言えば、次が続くはず。
息を吸い、彼女の名前を呼ぶ。「希美子!」
――続かない、言葉。動かない、巨人。
なんだよ、何も出来ないのかよ。心の中にいる自分が、自分を嘲笑う。
「何も出来ないのかよ……!」
自分の言葉では誰も救えない。愛していた彼女すら救えない。
叫ぶ。悔しくて、悲しくて、許せなくて。
「何も出来ない人間がいるわけが無いんだよ」
焦りで支配されていた頭に、突如浮かんだ言葉。大丈夫、お前なら出来る、と誰かが言っているようだった。
「小説の、中でさ」口から、言葉が出る。「何も出来ない人間がいるわけが無いって、言ってたよ」
紡がれていく。言葉が出てくる。――大丈夫、僕なら、希美子を救える!
「なあ、僕にも何か出来るよな? 希美子のこと、救えるよな? 僕は、まだ希美子と一緒にいたいよ。ねえ、目を覚ましてよ――希美子!」
時計が、鳴った。十二時だった。
-小説家-
「小説の、中でさ、何も出来ない人間がいるわけが無いって、言ってたよ」
自分の小説の台詞が聞こえて、目を開いた。
「ここは、何処だ?」
カプセルのような、入れ物の中に俺はいた。窮屈だ。目の前の壁を蹴ると、壁は粉々に砕け散った。
周りを見渡すと、一面カプセルばかりだった。空は黒と紫が混ざったような色に染まり、雲一つ無い。
砕くような音が聞こえ、そっちを見る。すると、そこには女性がいた。綺麗な、長い黒髪を持っていた。
頭が、急激に重くなった。意識が、闇へ落とされていくようだ。ちらっと女性の方を見ると、やはりあちらも同じらしく頭を抱えていた。
砕ける音が複数聞こえ、周りがざわつきはじめる。砕ける音に比例して、頭の重みが軽くなっていく。
軽くなったのと関係があるんだろうか。目の前の景色がぐにゃぐにゃに歪み始めた。
突如、しゅぱっという音が聞こえた。目の前が、真っ白になった。
-魔術師-
「大変です!」部下の声が基地の中に響く。「巨人が、崩れます!」
「どういうことだ!」幹部の者が画面を見つめる。そこには、眩い光を発し、崩れて行く光の巨人の姿があった。
「――世界が、正しいのか」誰に問いかけるでもなく、私は呟いた。
-彼氏-
教会の鐘が鳴る。まるで、それを待っていたかのように巨人は輝きだした。
「駄目だったのか……!」唇を強く噛む。僕には、やはり何も出来なかった。
その時だった。
しゅぱ、と音が鳴った。すると、光は一瞬にして消えて無くなった。暗闇がここに訪れる。巨人のいた所に目を凝らすが、もうそこには何も無かった。
「やった、のか……?」
携帯が、震えた。いきなりのことに僕はびっくりして「うひゃあ」と声を出してしまう。携帯を開くと、思いも寄らぬ相手から着信が来ていた。希美子だった。
通話ボタンを押し、着信に出る。「もしもし?」
「もしもし?」希美子だった。後ろで泣いている声がする。きっと、お義母さんだろう。
「希美子?」
「うん」
ふう、と息を吐いた。安堵。希美子を、救えた。
今まであった事を伝えよう。僕が見た、全ての事を。そしてその後、あのメールアドレスに感想を送ろう。あなたのお陰で世界を救えました、と。
「あのさ」と僕は言う。ふと、今日がいつかを思い出した。まず、これを言うべきか。
僕は今日しか言えない挨拶を、希美子に言う。
「メリークリスマス、希美子」
拙作「アイは世界を救えるか」を読んでいただきありがとうございます。作者のsyouです。
今回は世界イケメンランキングの五本指に入ると名高いそうじさんが立ち上げられた企画に参加させていただきました。
実は忙しかったんですが、企画の厨二さに胸を打たれて二つ返事でオッケーしました。(笑
出来上がった作品はあまり厨二っぽくないですが。(苦笑
他の参加者様の作品も素晴らしいので是非!
P.S.
彼氏くんの乗っていた車はトヨタのトレノだったりします。(書いてませんけど)