箱入り令息と騎士の初対面
恋愛――それは自分でも驚く瞬間から始まるのかもしれない
青緑の生垣が迷宮を象る庭園には、彫刻をあしらった石造りの噴水が清冽な音を奏でていた。
午後の陽光が差し込む公爵邸の応接室では、銀糸の刺繍が施された純白の騎士服に身を包んだ男と、艶やかな黒髪の男が、木製の長机を挟んで向かい合っていた。
「専属騎士?」
アルテは首を傾げ、隣に座る父親へ視線を向けた。
「そうだ。アルテ、お前も社交界へ顔を出す機会が増えたろう。だが、私がいつまでも付き添うわけにもいかない。そこで、騎士団長から推薦された彼に、お前の専属護衛を務めてもらうことにした」
アルテの父親に促され、向かいに座っていた男はソファから立ち上がった。
「お初にお目にかかります。フェデーレと申します。至らぬ身ではございますが、アルテ様の身辺をお守りする役目、誠心誠意、務めさせていただきます」
深々と頭を下げる所作には無駄がなく、背筋はまっすぐに伸びていた。
純白の騎士服には一点の乱れもない。
姿勢を正すと、マントの肩口に留められた花柄のブローチが日差しに照らされた。
大貴族二人に穏やかな笑みを向けるフェデーレという男は、超エリートだった。
平民出身の十九歳にして、王国騎士団の副騎士団長に就任した、智勇兼備の騎士である。
そんな彼がこれから仕えるのは、目の前にいる小柄な青年――王家の次に権力を持つ公爵家の令息だった。
「アルテだ。こちらこそ、よろしく頼む」
アルテも立ち上がり、淡々と応じながらフェデーレと握手を交わした。
十七歳になったばかりのアルテにとって、専属騎士がつくという話は、特別に心躍る出来事ではなかった。
これまでも外出の際には、父親に付き添う騎士が護衛を務めていた。馬車の手配や訪問先への連絡も、執事に頼めば滞りなく済んでいた。
専属騎士がついたからといって、日々の暮らしが大きく変わるわけではない。
せいぜい、外出のたびに顔を合わせる相手が決まった――アルテにとっての認識はその程度だった。
「何かございましたら、ご遠慮なくお申しつけください」
「分かった。……とりあえず、今後の予定の調整は、お前に任せればいいのか?」
「はい。私が手配いたします」
「そうか。では、明後日の公務から頼む」
フェデーレはまた深々と頭を下げた。
なんてことはない、短いやり取りだった。
しかし、フェデーレにとっては、最初からそうではなかったようだ。
顔を上げた彼は、目の前の青年を見つめながら、内心で激しく動揺していた。
「(……落ち着け。俺は王族の前でさえ、ここまで心を乱したことはない。ではなぜ、これほど胸が締め付けられる? 分からない……いや、認めろ。俺は今、目の前の青年が気になっている。彼が何を考え、何を好み、どんな時に笑うのか、何もかもを知りたいと願っている)」
フェデーレは平静を装いながら、必死に自問自答を繰り返した。
その間も、噴水のしぶきが緑に触れるたび、色とりどりの花々が咲き乱れる――そんな情景が消えては浮かんでいった。
彼は、自分の身に何が起きているのか理解するまでに、数秒を要した。
「フェデーレ?」
「はっ!」
アルテの父親に名を呼ばれ、フェデーレは即座に背筋を正した。
「どうかしたか?」
「いえ。何もございません」
騎士としての訓練はこういう時に役立つらしく、内心でどれほど嵐が吹き荒れようと、その佇まいに変化はない。
アルテの父親は、数回の瞬きをした後で言った。
「では、これから息子のことを頼んだ。護衛にかかる費用はこちらで負担する。何かあれば執事を通して伝えてくれ」
「承知いたしました。旦那様」
アルテはそれで話が済んだと判断したらしく、傍らに置いていた予定が書かれた書類を手に取った。
〇 〇 〇
王宮にある騎士団の詰所へ戻る馬車の中で、フェデーレは窓外を眺めていた。
いつもと変わらぬ昼下がりの街並みが、民たちの声と共に流れていく。
「……はぁ」
不意に、深い溜息が口から漏れた。
フェデーレは考え込むように、両手で顔を覆った。
視界を遮られた暗闇の中、応接室で交わしたアルテのほんのりと冷たい手の感触が蘇る。
たった一度、触れただけだというのに、ひとたび灯った熱は引くことを知らず、指の隙間から覗く耳の後ろまでを真っ赤に染め上げていった。
「……アルテ、様」
フェデーレは、口の中でその名をそっと反芻した。掠れた声が、ぽつりと誰に発したでもなく馬車の中に落ちる。少し遅れて付け足した敬称は、ひどく名残惜しそうだった。
間を置いてから、フェデーレは自身の膝の上に手を置き、改まったように背筋を伸ばした。
その顔はもう、どこも赤くなどなかった。
次にアルテに会えるのは、明後日だ。
むろん、明日も騎士団の任務がある。どれも重要なものばかりだ。怠るわけにはいかない。
それでも、まぎれもなく、その日が待ち遠しい――それはもう、否定のしようのない事実だった。
しかし、この時のフェデーレには、その気持ちを誰かに打ち明けるつもりなど、まだなかった。
【箱入り令息と騎士の初対面】
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【補足】
■アルテ
前世で300年以上を生きた魔法使い 転生後は人間の貴族になった 17歳
若いが両親の仕事を手伝っている 趣味はモノ作り
フェデーレに好意を向けられているが上手く応えられない
■フェデーレ
アルテに一目惚れした王国騎士団の副騎士団長 19歳
アルテに前世の記憶があることを知っている数少ない存在
趣味はアルテのことを調べる(ストーカーはまだしていない)、日記を書く
■アルテの父親
公爵家の当主 46歳 6つ下の弟がいる
アルテに前世の記憶があることは知らない
好きなものは家族 趣味は乗馬




