マッチングアプリ使い始めて早1年。全く出会いないんだが。
マッチングアプリにおいて、「マッチ成立」の通知はまったくアテにならない。画面に躍る「おめでとうございます!」という祝福の文字は、パチンコで言えば「リーチがかかりました」程度の意味しか持たないことを、アプリ歴1年の私は身をもって知っている。本当の地獄は、マッチしたその数秒後、まっさらなチャット画面が開いた瞬間から始まる。
「はじめまして!マッチありがとうございます!」
「こちらこそ!よろしくお願いします!」
「お仕事は何をされているんですか?」
「〇〇系です!〇〇さんは?」
ここまではいい。問題はここからだ。お互いに相手のプロフィールを薄目で確認しながら、失礼のない、かつ踏み込みすぎない絶妙に退屈な言葉を探し始める。
「休日は何されていることが多いですか?」
「カフェに行ったり、映画を見たりですね!」
「そうなんですね!何の映画が好きですか?」
「最近は洋画をよく見ます!」
「そうなんですね!」
――終局である。この「そうなんですね!」が出た瞬間、会話の体温は絶対絶命の凍土へと化す。
画面の向こうにいるのは、間違いなく意志を持った生身の人間のはずだ。しかし繰り広げられるやり取りは、まるで初期設定のAI同士が挨拶プログラムを互いに実行し合っているかのように冷ややかだ。お互いにボロを出さないよう、嫌われないように無難な言葉を選び続けた結果、会話は1ミリも膨らまない。私たちは恋人を探しているはずなのに、いつの間にか「落選もしないが内定も出ない永久面接」をお互いにかけ合っている。
1年前にアプリをダウンロードした頃は、1件のマッチングに胸を躍らせていた。プロフィールを熟読し、相手の趣味に合わせたメッセージを推敲したものだ。しかし、この「そうなんですね!」のラリーを何十回と繰り返すうちに、感情は摩耗していった。今や通知が鳴っても「あ、新しい面接希望者だ」くらいにしか思えない。「いいね」の価値は暴落し、メッセージは熱を失った文字の羅列へと成り下がった。
アプリのメッセージ画面をスクロールすると、途絶えた会話の残骸がずらりと並んでいる。最後の一句がどれも「そうなんですね!」か「笑」で終わっているその惨状は、まるで静かな言葉の墓場だ。
返信が来なくなった画面を見つめながら、溜息をつく。出会えなかった虚しさは確かにある。しかし同時に、あの熱量ゼロのやり取りをこれ以上続けずに済んだという、勝手な安堵感が胸をよぎるのも事実だ。
スマートフォンの画面を閉じ、暗転したガラスに映る自分の顔を見る。画面の向こうの相手を探す前に、自分自身がすっかり無機質な画面の一部になっていたのかもしれない。明日もまた、私は通知欄の墓場を通り過ぎながら、誰かと不毛な「そうなんですね!」を言い交わすのだ。




