メフィストフェレスとの契約
私は全ての男どもが憎い。
私を虐待した挙句、母と私を捨てて女を作って逃げた父も、私にいやらしい視線しか投げかけて来なかった学校の教師も、スキンシップと称して断りもなくベタベタと触ってくる上司も、ネチネチと嫌味ばかり言ってくる庶務課の御局も、それに今年入ってきて若さと胸しか取り柄がないような、頭が空っぽな総務課の新人も全てが憎い。
もう本当に、明日にでも小惑星か何かが東京都を直撃しないか、と毎日毎日神に祈りを捧げているのに、神とやらは全く応えようともしない。
上を向いて『この役立たず、一回降りてこい』と叫んだのなんて二度や三度の話じゃない。
こんな汚れ切った世界で、信じる価値があるのは美少女しかいない。
そう、私には、美少女さえいればいい。男なんて存在する必要はない。Y染色体なんてさっさとこの世から消え失せてしまえば良いんだ。
「栗原ちゃぁん、そんな眉間にしわ寄せてないでさぁ? 何? 肩凝ってる?」
ぞわ、と全身に鳥肌が立った。
直属の上司、もう名前を考えるだけで吐き気がする40代のセクハラ係長が、私の肩に手を乗せてくる。
私に権力があったら、真っ先にこの世から消し去ってやりたい男だ。
「仕事は真面目に、でも楽しくしないとさぁ? ねぇ?」
「係長、セクハラです。総務に報告しますよ」
「ちょっとちょっとさぁ、栗原ちゃん、そんな硬いこと言わないでさぁ? 職場のコミュニケーションって大事だよぉ? ただのスキンシップだってぇ」
「ちょっと総務に行ってきますので、しばらく外します」
こうして総務課と人事課に報告するのも何度目だろうか。
社長の甥だというあの係長は、実にやりたい放題だ。何度も報告してるのに、多分部長辺りが握り潰しているか社長が見て見ぬふりをしているかのどっちかだろう。
もう限界だ。
入社して4年、ずっと耐えてきたし何度も声を上げて来たのに、何一つ変わらない。
潰れてしまえこんな会社。
むしろ滅んでしまえ、こんな世界。
私に力があったら、こんな会社真っ先に叩き潰してやるのに。
『力が……欲しいか……?』
「は?」
不意に聞き慣れない声。
オフィスの非常階段で振り返ると、眼の前にはゴスロリのドレスを着た黒尽くめの美少女。
死神のような鎌をもって、宙に浮かんでいる。
『良いぞ、そのドス黒い怨念、渦巻く情念、嫉妬、怒り、憎しみ……嗚呼、なんと甘美な暗黒の――』
「カワヨ!?」
思わず言葉を被せてしまった。
いかん、私としたことが。
『は……?』
あぁイケない。
いくら私が、自分がゴスロリが大好きだったのに、このキツそうな顔立ちと身長177センチという高身長のためにゴスロリの服を諦めたからといって。
いくら目の前に、怪しさしか感じないとはいえミニマム系つるぺたカワイイゴスロリ美少女が現れたからといって、冷静さを欠いてはいけない。経理は常に保守主義であれ、そして冷徹であれ、だ。
「そのドレス、何処のブランド……? 何処で買ったの? 原宿? っていうかお嬢さん誰? 何処から入ったの? 入館証は?」
『え、ちょ、待っ、近い、何? 怖――』
「迷子ね? 迷子になったのね? あぁ可哀想に、お姉さんが受付まで連れてってあげる、ほらいらっしゃい」
『ま、待たぬかちょっと! 落ち着け! 何じゃ、この妾を見て言うに事欠いてお嬢さんとは何事じゃ』
「のじゃロリね? そういう設定なのね? オッケー完全に理解したわ」
まだ子供なのに、のじゃロリとはずいぶんと通だ。
私ならわかる、この子は分かってる子だ。
『だから! わ、妾はその――』
「ほら受付はこっちよ? その前にトイレ行かなくて大丈夫? 我慢出来る? 行っといたほうが良いわよね? ほらいらっしゃい」
『ひ、引っ張るでない! ちょ、何? 力強い!? ま、待って待って待って? 何処に連れてくつもりじゃ!?』
「トイレでしょ? 個室あるから大丈夫。私が付き添ってあげるし、スカート持ち上げてあげるから」
『へ、変態じゃあ! 何なんじゃこの女は!?』
「経理課主任の栗原直美、33歳独身彼氏なし、趣味はコスプレ、千葉県松戸市で一人暮らしよ。家は2LDKだから遠慮しなくて良いの」
眼の前の美少女は、なぜか怯えたような顔で私を見上げている。
あぁ可哀想に、迷子になって不安なのね? 一人ぼっちで見たこともない場所に迷い込んで、きっと怖くなったのね?
「あぁイケない子、ダメじゃない黙ってこんなところに入り込んだりしたら……お仕置きが必要かしら」
『ま、待つのじゃ、妾の話を聞け。な? 話せばわかる』
「良いわよ、いっぱいオハナシしましょ? お姉さんが何でも聞いてあげるわ。でもね? ここは危ないの。男が要る場所に近づいちゃダメよ」
そうだ。こんなカワイイ女の子を男どもの前に連れて行ってはイケない。
いたいけな少女は、大人である私が護ってあげなければ。
穢らわしい男ども、女を慰み者、欲望の対象としか見てないような奴らに近づけてはダメ。
『い、嫌、だからじゃな? 妾は、お主に力を授けようと思うて来たのじゃ! 話を聞かぬか! これ! スカートを持ち上げるでない! 匂いを嗅ぐなぁ!』
「大丈夫よぉ? お姉さんが優しく可愛がってあげる……うふふふ、女同士なんだから何があってもノーカンで良いのよ?」
『ち、力が欲しくはないのか? お主が憎む男どもを、この組織を叩き潰す力が欲しくはないのか!?』
ぴた、と思わず手を止めた。
じっと目の前の幼女っぽい何かに視線を向けると、いそいそと衣服を整えながら私を睨みつけている。
『まったく、話をする前に一方的に撫で回されたのは初めてじゃ……良いか? 妾は力を授けるもの、お主らのいう悪魔じゃ。お主、人間全てが憎いのであろう? どうじゃ、この世界を滅ぼすほどの力をその手にしたくはないか? 妾ならその力を与えてやれるぞ?』
「世界を滅ぼす……?」
『ククク……そうじゃ、お主を虐げた男どもを、周りの良からぬ者共を一方的に蹂躙するだけの圧倒的な力じゃ。世界を征服するも滅ぼすも思いのままじゃぞ? もちろん、それなりの代償は貰うがの?』
「蹂躙……うふふ……世界征服……? 征服して、 この世の美少女を全部私のものに……」
『……ん?』
「そうだわ、そうよ、私はきっとそのために生まれて来たんだわ……」
『ど、どうやらアレじゃな? 取り込み中だったようじゃな? わ、妾はこの辺で失礼して――」
「待ちなさい」
まるで猛禽が空を飛びながら獲物を捉えるように、私の手が少女の手首を握りこむ。
『なっ、何じゃ!? わ、妾を大悪魔メフィストフェレスと知っての狼藉か!?』
「はいはいメフィストちゃんね? そういう設定ね? オッケー大丈夫よ、私なら受け入れてあげられる。で、その力は? 頂戴? すぐに」
『だだだ代償はアレじゃぞ? お主の魂じゃぞ?』
「何だ、その程度? じゃああげるわ。だから頂戴、あなたの全てを」
『目! 目が! 目がガンギマリじゃぞ!? 怖いぃ! 何じゃこの女は!?』
さぁ待っているがいいわ男ども。目にもの見せてやる。
とりあえずは、あのセクハラ係長ね。
古典文学からよくある、「力を与えようとする悪魔」との契約をテーマにしてみました。
ただ、もしも悪魔が「ゴスロリ美少女」で、悩める者が「ゴスロリ美少女大好きな女」だったら?
というコメディ仕立てにしています。




