妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜
初恋の騎士と妹が結婚することになった。
姉に殺されそうになった妹を騎士が救ったのがきっかけだそう。
妹を殺そうとした姉は追放された。
その姉と言うのが私だ。
私は身に覚えのない罪で追放される。
◆◇◆
気づくと冷たい床の上に寝ていた。
どこだろう?
部屋の外に出ると廊下があった。
石造りで、壁には不思議な模様が刻まれている。
進むと行き止まりで、左右に道が分かれている。
次の道を進んでも、途中で左右に分かれる。
次の道も、次の道も。
進むうちに頭に浮かんだのは迷路の構造……。
扉が見えて開く。
最初にいた場所だった。
やっぱり迷路か、ここ。
でも何故?
追放された私は、森を彷徨っていたはずで……。
異界へ通じると言われている森だ。
ここが異界?
ゾクっと背筋が寒くなる。
けど、異界も森も変わらない。
追放されて、未知の場所に行くしかないんだから。
ボロボロと涙が溢れてきた。
もう散々泣いて涙なんか出ないと思っていたのに。
——私は妹の前に立ち、初恋の騎士が妹を守るように間に居た。
床にはナイフが落ちていた——。
ポロロロ
音楽が聞こえた。
部屋の中に何か音が出るものがあるらしい。
探してみると、光る板があった。
触ると音が止んだ。
前世で持っていた、スマホ? 機能は通話のみみたいだけど……。
『だ、誰かいるのか!? さっきから呼びかけてるんだ! いたら返事してくれ!』
声が聞こえてきた。
どこかで聞いたことがある気がするけど、虫の羽音のような雑音が入ってよく聞こえない。
必死な呼びかけに聞こえる……。
この場所で私もどうすればいいかわからないし、返事した方がいいのかも……。
「いるわ……。あなたは誰で、何処にいるの?」
少し声が震えた。
『! これは……女性でしたか、失礼しました。……俺は騎士で、今いるのは、あなたと同じ建物の中のはずです』
騎士さん……? の声は、やっぱりどこかで聞いた気がして、少し安心する。
「建物って、この部屋と迷路のこと?」
『外に出たんですか? 俺も外に出てここ——最初の部屋に戻って来てしまったんです』
「お、同じだわ……」
『その後で、部屋で手掛かりを探していたら、迷路の地図とこの板を見つけて……。触っているうちに板が通信器具の気がして呼びかけたんです』
魔術の通信道具は貴重だけど、騎士なら見たことがあるだろう。
でもこの板のような物とは違う。
「地図? 私は、部屋に戻ったらすぐこの板が鳴って、まだ部屋を探せていないの……。地図……どこかしら?」
『すぐ見つかる場所にあるはずなんだけど……。そっちにはないのかもしれない……』
「え!? そ、そんな……。私は、ここから脱出できないの……」
『いや、違うんだ。この地図に気になるところがあって、赤い点と青い点が書いてあるんだけど、見つけてから赤い点が動いた気がしたんだ……』
「ど、どう言うこと……?」
『君は今部屋に戻って来たと言ったけど、それまで迷路を動いていたんだろう? 君の動きが、この地図の赤い点と連動していたんじゃないかな?』
「……私の動きが、あなたの地図の上に現れていた……?」
『今は二つの点は四角い部屋の中で止まってる。今の俺たちと同じ状況だ。俺の持ってる地図に二人の位置があるってことは、地図はこれ一枚の可能性がある』
「……探してもこっちには地図はないわ。……地図があるなら……あなたはすぐにでもここを出られるんじゃないの?」
せっかく仲間を見つけたと思ったのに……。
『出られるなら、君のところにまず行って一緒にでたいが、さっき部屋の外に出て分かったんだ……通れる道がこの部屋に戻るものしかなかったんだ……』
「そう……だったの……。私の方の迷路は他の道もつながっていたけど……」
地図があるのに何も出来ないって、もどかしいでしょうね……。
『俺からは君が脱出出来る道は見えてる。このままこの板を持って外に出てくれ、出口まで案内する』
「あ、ありがとう……」
外に出て騎士の言う通りに進むと大きな扉があった。
出口……と書いてあるわけじゃないけど、迷宮の中の装飾と比べても豪華で、出口や入口っぽい雰囲気がある……。
『ここが出口だ。扉は開いているのか? 俺からは見えないけど、外にはなにがあるかわからない……油断しないで。地図は使えなくなるけど、この板で話続けられるなら、少しは力になれると思う」
騎士さんの声は真剣だけど、無力感に溢れてる。
「騎士さんっていい人なのね……」
『他にする事がないだけさ……。俺は、いい人なんかじゃないんだ。大事な人を肝心な時に守れなかった……。もう一度、会いたくて探しに来たのに、迷宮に迷い込んでしまった……』
「……そうなの? でも、大丈夫よ。脱出して助けに行きましょう!」
『それは……』
「私はまだ出ていかないわ。出口の場所と、その地図が本当に使えるか確かめたかっただけよ。あなたが言ったように、外はどうなっているか分からないんだもの、あなたと一緒じゃないと出口からは出られないわ……」
『……それは……。助かるけど、脱出するよりも危険かもしれない……! よく考えて決めて欲しい』
「一人なんて危ないもの。絶対にあなたみたいないい人の力が必要よ!」
『いい人か……。あんまり言われて嬉しい言葉じゃないな……』
「どうして?」
『いや、別に……』
私はピンときた!
「恋愛話でしょう! 大切な人に言われたの!?」
『ちが……。い、今はいいから、俺の脱出の話だ……』
そうだった。
「……さっき道で私が獅子のマークのコインのような物を見つけた時に、騎士さんは何か言おうとしたわね? なんだったの?」
ポケットから拾ったコインを出して触りながら聞く。
『獅子のマークが地図上にあるんだ。君のいるところからさっきの部屋の方まで戻って別の道を進んだ先だ。ちょっと遠いけど……』
「他に情報がないし、行くわよ……」
「道を戻るだけで案内もいらないし、暇だから、続きを聞かせて、騎士さん」
『続きって……』
「騎士さんの大切な人に“いい人”て言われたんでしょう?」
『違う……。彼女の兄弟が困ってたから助けてあげていたんだ。それを、周りのメイドが誤解されますよって忠告してくれていたんだ……』
「なのに誤解されて、大事な人を守れなくて、大事な人がいなくなっちゃたの? でも、誰に誤解されたの?」
『兄弟に誤解されてて……彼女にも誤解されたまま守れなくて、俺の逃げ場がなくなってた……』
「何それ? そんな風になるまで気づかなかったの?」
『……気付かなかった……』
「私も似たようなことがあったのよ! 私の場合は誤解した側なんだけど……。その人はずっと妹のことが好きだったの……。誰にでも優しいのに、私のことを好きかもなんて誤解して……。でも、誤解させる方が悪いと思わない!?」
『それは……。でも、君はその人と妹に何かしたわけじゃないんだろう……?』
「……し、してない、……と思う」
『……したのか……』
「じ、自分の意思ではしてない!! ただ、記憶がないの……」
『それは……』
「やっぱり疑うわよね……。私も完全に否定しきれなくて……でも、妹とあの人が結婚するなんて全く思ってなかったから、動機が全くないのよ……」
『……誰か他に頼れる人はいなかったのか?』
「いたけど……状況的にダメだろうって言ってたわ……」
『そうか……』
「……まあ、いいわよ。動機はないけど、知った今は妹がいなければって思っているし、そこまで清廉でもないから。で、さっきの部屋の近くに着いたから、また案内して……」
はぁ……。
強がった後で盛大なため息を漏らしてしまう。
騎士さんに、私が全く諦められてないって本心は伝わったと思う。
『俺も、次は絶対に彼女だけのためにしか動かない……国にだって逆らう……!』
ゾクっとするような声が聞こえる。
優しい印象だったのに……。
彼女が羨ましい……。
『そこから右側に進んで、突き当たりを左に進んでくれ……』
なんとなく気まずくて、指示だけの会話に戻ってしまう。
ただ歩いていると、大きな柱のある空間に出た。
『君! どうした!? どこにいる、返事してくれ!』
「ど、どうしたの? 慌てて?」
『い、いたのか……! 地図から赤い点が見えたから、驚いたんだ……。無事で良かった……」
「消えたって……何も変わったかとは起きてないけど……」
『なんだろうな……。地図上から見えないて、迷路が難易度を上げているとかか……?』
「……わからないけど……難易度を上げようとはしてるみたいで……。ここからは、通路の壁も天井も床も鏡になってる……」
『鏡の迷宮……地図にマークがあるんだが、これは鏡の事だったのか……!』
ゴクリ……。
唾を飲み込む音が、不自然に大きくなってしまった。
『引き返そう。俺はいいから、君は出口から外に出て……』
「出口の先だって未知なのは同じ……。地図があって味方がいる鏡の迷宮くらいで怖がってたら、外でもっとやっていけないわ……」
私は鏡の床に足を踏み入れた。
自分が映ってるだけだけど、合わせ鏡になって何人もの自分が見えた。
みんな不安そうな顔をしている。
『そのまま右に進んで……違う、右だよ』
「右に進んでるわよ?」
『いや、地図上では左に……。これは、鏡の迷宮の仕掛けか?』
「私が左右を逆に進んでるの?」
『……とも限らない。さっき君の赤い点が地図上から消えたように、地図の挙動の問題で、地図だけが間違った場所を示しているだけなのかもしれない……』
「私の動きは正しいのに、あなたからは間違って見えてる?」
『どっちの可能性もある……。地図が正しい場合は、君の方向感覚が鏡の迷宮の中でおかしくなってるのか、鏡の迷宮自体がおかしいのか……』
動くたびに鏡の中の自分も動く、合わせ鏡の自分が進む方向はバラバラで……どこに進んでいるのか一瞬、混乱する。
現実の私と同じだ。
「私は右に進んでる……。方向感覚はおかしくないと思う。振り返って見たら左に進んだ場合の道がまっすぐに伸びていて、後ろを振り返って左側に、さっき曲がって来た道が見える。間違って左側に進んでいたら、さっき来た道は振り返ったら右に見えるはずよね?」
『……俺は今まで君の進行方向に合わせて、右や左と指示して来た。けど、地図上の位置だと君は上側に向かっているはずなんだ。俺の地図上だと赤い点は下に向かっているけど。上側に向かっているなら行き止まりでまた道が左右に分かれる。下に進んだなら一方に曲がる道しか無い。進んだ先に何がある?』
「……左右に道が分かれてる……」
『君が正しい。地図の表示が間違っていたんだ……』
「……ありがとう、教えてくれて。でも、地図を持ってるのはあなただから、正しい道を教えて」
『分かった。地図上の向きを基準に誘導するから、上の方向を常に意識して聞いて』
「うん」
鏡の部屋が終わった。
『地図上の赤い点が君と同じ位置に戻った……』
「面倒な仕掛けだったわね。鏡の迷宮は地図上で私の右側に今はあるのよね? 私がいた部屋はさらに右で、その上に出口がある」
『そうだ。俺がいるのは君がいた部屋のさらに右だ』
「あなたの部屋までの道は塞がっていて真っ直ぐは行けないから、拾った獅子のコインと同じマークがある地図の場所に行って、手がかりを求める。ちゃんと同じ認識になってる?」
『ああ、大丈夫。俺の認識と同じだよ』
「良かった……。今度は勘違いしなかった……」
『……それは……。たぶん、最初のも勘違いじゃなかったんだよ……』
「……なんでそう思うの……?」
『俺の大切な人とは、身分差があったから、気持ちを直接は伝えられなかった。それでも気付いて欲しいって思っていたから……。君が気づいたのなら、それがそいつの本当の気持ちだったんだと思う……』
「その人は妹を好きなのよ? 他に好きな人がいるのに、私のことを好きだなんてあり得ないわよ」
『別にそう言う男もいないわけでは……』
「絶対違う! それは大切な人と兄弟を勘違いさせたあなたで、あの人は絶対に違うから!」
『俺だって、勘違いされるとは思ってなかっただけで、大切な人は特別扱いしてたよ。御前試合で勝った時には彼女に真っ先に伝えたし、彼女以外に試合中に笑いかけた事はない!』
「そ、それは、あ、あなたにとっての特別な事で、私の好きな人にとっては、そ、それ程特別じゃなかったのよ!」
『なんだ、心あたりがあるんじゃないか』
「それがあったから、私だけ特別だったって思ってたけど……妹と結婚してしまったし……」
『そう言う男もいる。君が一途なのはいいが……』
「だから、あの人はそんな浮気とかする人じゃないから!? あなたが、そんな特別扱いしてたのに守れない方が問題あるわ」
『それは、その通りだから、全て捨てて追いかけてきたんだ』
「え?」
『騎士の身分も、国も。彼女より大切なものなんてないから』
そこまでして追いかけたい人ってどんな人なの……。
「羨ましい……」
つい本音がもれてしまった。
「そ、そこまで、想う人がいるなら、早く脱出しましょう!」
誤魔化すように言った。
『もう少しで獅子のマークの場所に着くよ』
騎士さんの言った通り、獅子のマークの場所につく。
「ちょうど獅子の細工の台座があって、コインがハマる穴がある……」
『置いてみるしかないだろうな……。何が起こるかわからないから逃げられる体制で』
「うん……!」
ゴオオオオオ!
台座にコインを置くと音がなり響いた。
「お、奥にも道があったみたい! 壁が扉みたいな形に開いたわ!」
『こっちも地図が変化した……。その先は一本道で、三角マークがある。俺の方の部屋の近くの塞がってる道にも同じ三角マークがあるから、何か連動してるはずだ!』
「騎士さんも外に出れるのね!」
『ああ! これでやっと会いに行ける!』
ズキッ
胸が痛んだ……。
会いに行ける人がいる騎士さんと、誰もいない追放された私の対比が辛かっただけで……。
騎士さんが好きなわけじゃ……。
「お、応援するわ……」
『ありがとう……』
正しい言葉だったのに、二人の間に沈黙が流れた。
◆◇◆
『俺も三角マークの場所に着いたよ。最初と同じ行き止まりだ……』
「私も着いたけど、行き止まりになってる」
行き止まりの壁に三角のマークがあって、
なんの気なしに触れてみる。
「きゃ!」
『どうしたんだ! 大丈夫か!?』
「大丈夫よ……。三角マークに触れたら壁が光ったの……」
『本当だ、光ってる』
「一緒に触ってみたら何か起きる仕掛け?」
『触れてみよう……』
三角マークの二つの頂点が光った。
「赤と青……あなたと私ね……」
『もう一人が必要って事か……。君に言ってなかったが、実は三角マークは地図上にあと一箇所あるんだ……』
「そんな……」
がっかりしたけど、ホッとしてる私がいた。
まだ騎士さんの声を聞いていたい……。
あの人のことは好きなのに……。
——「そう言う男もいる」
「私も、騎士さんみたいな浮気者になってしまったのかな……」
『急にどうしたんだ? そしてなぜ俺が浮気者になっているんだ……』
「……だって、大切な人にすぐに会いたいっていうくせに、私に構ってるから……」
『それは……脱出できないからで……』
「なら、自分を助けさせることを最優先にすれば良かったでしょう。出口になんて案内しなければ良かったのに。私には地図なんてないから? 嘘つかれてもわからなかったのに……」
沈黙が流れる。
『……最初はそのつもりだったけど……君が彼女に似ていた気がしたから。出口に案内して危険を確かめさせるためって自分に言い訳してた……』
「じゃあ、私があなたを脱出に利用したせいで計画が狂ったの?」
『いや、俺も脱出させてもらわなきゃいけないからそういうわけでは……』
「何それ、結局は私を利用してるんでしょう? 大切な人のために……」
『……』
また沈黙。
『……本当のことをいう……。俺は、君のことを好きになりかけてる……』
「え……。な、何言ってるの!? 大切な人は!?」
『まだ、彼女は俺にとって世界一大切な人だ。でも、君のことも失いたくない……』
「あ、会ったこともないのに!」
『声だけで、こんなに惹かれることに、俺も戸惑ってる。……ただ、もう、いい人って、誤解されるのは嫌だから……』
「きゅ、急に悪い男になりすぎよ……!?」
『そうだな……。俺は最低だな……』
私の鼓動が早く、顔が熱い……。
私も、最低な悪い女になってるわ……。
あの人ことが好きなのに、騎士さんも好きなんて……。
私の場合は、あの人を忘れて騎士さんを好きになってもいいけど。
でも、あの人の顔を思い出したら、妹の夫でも嫌いになれない……。
騎士さんには大切な人がいるから、もっとダメよね……。
……通信の板が目に飛び込む。
「あれ……?」
『どうかしたのか?』
「通信機の板の中で時計の針が回ってるの……」
『どういうことだ?』
「あ、止まった……。騎士さん、何かした?」
『何も……いや、手を壁から離したが……』
「え? ずっと、三角マークに手を当ててたの?」
『ああ。……君に触れてるみたいに感じたから』
「な、何言って!?」
わ、私と同じことを考えてたなんて……!?
『あ! 手を三角マークに置いたら、板の中で丸の中の棒が動いてる。……確かにこれは時計のようだ……ただ、逆回転している……』
「そう、私の方の板も逆なの……」
しばらく時計を見つめていると、回転が止まった。
[……あった! ここが願いを叶えてくれる場所に続く三角マークね!]
「声が聞こえる……」
[あ、声が聞こえる! 私の他に、願いを叶えたい人がもう着いていたのね!]
新しい声に私の声が聞こえた!?
『……願いだって?』
[あ、二人目もいる! これならすぐに扉が開くわ! ついてるわね、私たち!]
声の主は二人組のようだ。
[開いた! じゃあ、二人とも、ありがとう! さあ、早く願って、騎士様をお姉様から、私たちに取り戻そう]
声の主は嵐のように去って行く。
「三角マークの壁が開いた……」
『こっちもだ…』
「今の声は、過去に迷宮にいた人? 時計の針が戻って、過去の人と一緒に扉を開けたの……?」
でも、今の声、話してた内容って……。
「妹だった……」
『妹王女……』
え?
「……騎士さん……あの子を知ってるの……」
『君こそ……』
この人って、まさか……!
『王女……』
「騎士……」
心臓がドクンっとはねた。
彼の息を呑む音が聞こえた。
『……すぐに行きます、王女!』
騎士の声が弾んでいた。
騎士との間に道はつながって、騎士は地図を持っていて、すぐに私を探し出してくれる。
——。
「王女!」
俺は王女がいる三角マークの場所まで来た。
ただ、早く会いたくて、地図も見ずに、通信機の板を握りしめて、全速力で走った。
この角を曲がれば彼女がいる。
——そう思ったのに、王女は消えていた。
床に俺の握っているのと同じ板型の通信機が落ちている。
彼女が持っていたもので、まだ彼女の手に温もりが残っている。
「どうして……」
俺が、王女を愛しているのに、君に惹かれているっていったからか?
「同じ君なのに……」
地図上にも赤い印はなく、青い印があるだけ。
王女は、迷宮から消えた……。
◆◇◆
騎士さんが、私の大好きな騎士だったなんて……。
本人に好きだなんて言ってないのに、すごく恥ずかしいことも言ってしまった……!
でも、騎士は私のために全て捨ててきたって言ったけど……私は、妹を殺したいと思ってしまったの。
「きっと、騎士は私を嫌いになるわ……」
……別人だと思って話して、また、恋したの……。
「ならないよ……」
騎士の声がした。
雑音のしない、直接聞こえる声。
私は柱の裏に隠れていた。
「な、なんで、こ、ここがわかったの!」
「地図に乗らない場所ここだけだから……」
地図に見つからないようにしようと思って、地図に乗らない場所に来たのに……。
逃げ場が最初からなかった…!
私は騎士が近づいてくる気配に柱の陰を移動しようとするけど……。
あっという間に、騎士に抱きしめられてしまう。
「どうして俺に嫌われると思ったんだ、王女」
騎士に背中から抱きしめられて、耳元で聞かれた。
胸の鼓動が早くなる。
「ち、近い! 騎士、離れて……!」
「ちゃんと、教えてくれたら」
首筋に騎士の息がかかってくすぐったい。
「……い、妹を殺して、騎士を奪い返したいって、私が思ったから……!」
私は真っ赤になって、泣きながら答えた。
「騎士は妹と仲がいいのに……」
「俺はもう王女のためにしか動かないっていただろう。君が殺したいなら、俺が殺す。君のためなら邪魔な人も——国だって滅ぼす。それくらいの覚悟はしてきた」
……!
「ひ、ひどいわよ……」
「ひどくてもいい。もう君を間違えない事の方が大事だ。悪い男でも君は俺をまた好きになってくれたから、何があっても離さない」
「ど、どうしちゃったの、騎士?」
後ろから抱きしめる騎士の力が強くなって、胸が苦しくなる。
「王女も通信機で話してる時は、あんなに素直に俺を好きって言ってただろ。俺は一途で君以外好きにならないって信じてくれてた」
「そ、それは、妹を好きなあなたのことで……」
「君を好きな俺しかいないよ。二度も好きになったんだ」
「……う、……わ、私も騎士のこと、二回好きになっちゃったの……!」
「王女……」
騎士は私に前を向かせると、唇にキスした。
正面から抱きしめられると、後ろから抱きしめられた時と違って、心臓が破裂しそうな刺激だけじゃない、安心もする。
「騎士、大好き……」
騎士を抱きしめながら、思わず言ってしまう。
「俺も大好きですよ、王女さま」
少し丁寧な言葉遣いに、またドキドキした。
◆◇◆
抱き合ったあとで、どちらともなくなんとなく離れた。
この迷宮の脱出はまだ出来てない。
「妹が願いが叶うって言ってたわ……」
「王女が妹君を殺そうとしたのは、その願いに操られてだったんだな……」
強力な魔法なら逆らえない……記憶もなくなるはず。
こんな異界で迷宮を作れ、どんな願いも叶える魔法の力なら相当に強力なはず……。
「妹君はどんな願いを願ったんだろう? 王女が自分を殺そうとして、俺が助けに入るように、今の状況を願ったのか? たまたま今の状況になってるのか……」
騎士が難しいことを考えてる。
「私の願いで全部なかったことにしてもらえばどっちでもいいんじゃない?」
「そういうわけには……」
騎士が私を真剣に見つめる。
「ところで、王女の俺以外に“他に頼れる人”って誰だ?」
「え?」
そういえば通信機越しにそんな話をしたけど……。
「俺以外に、男がいるんだな、王女には」
ゾクっとするような眼で見つめられて、柱に押し付けられる。
「誰だ? そいつを俺は許さない……!」
「……!」
私は、騎士から目をそらした……。
「庇うの? 王女……」
騎士に嫉妬されて、身体がキュッとする。
「ち、違う……。お、弟のことよ!」
騎士は眼を丸くした。
「王子殿下……?」
私と妹の母が亡くなった後に再婚した王妃の子で、母親が違うけど、ちゃんと血のつながってる弟だ。
弟は、私より歳の近い妹と仲が良くて、私とは嫉妬されるほど仲がいいわけじゃ……。
「王子はあの場所にいたんだ……。王女がナイフを持って妹の前に立っていた場所に……。俺が君のナイフを床に落とした後で『王女が妹王女を殺そうとした!』って叫んだのは王子だ……」
「え?」
私は記憶がなくて、気づいたら妹を殺そうとしてたって言われたけど……弟が言ったことだったの?
「……君を庇うのは状況的に難しいって王子が言ったんだろう? ……むしろ、王子以外に状況は変えられなかったのに……」
「ど、どういうこと?」
◆◇◆
地図を辿って願いを叶える部屋にいた。
「ここに文字で願いを刻みつけるのか」
白い滑石が巨大な支柱になって、いくつかの文字が刻み込まれていた。
妹のものと思われる願いがあった。
[お姉様が私をナイフで刺して、追放されて、私は騎士様と結婚する]
状況が全く同じだけど……。
「俺が妹君を助けると書いていない……」
「……本当だ……。姉に殺されそうになった妹を騎士が救ったのがきっかけで結婚するから、そこは多少違ってもいいんじゃない?」
「……してない。俺は妹君と結婚してない。全て捨てたって言っただろう……!」
結婚してから捨てたのかと思ってたけど……。
ギュっと騎士に抱きついた。
「嬉しい……。騎士は私と結婚するのよ……」
「王女……。プロポーズは嬉しいけど、今は待ってください」
「プ、プロポーズじゃないわよ……!」
……言い訳できないくらいプロポーズだったけど。
正式にプロポーズされるのに憧れてたのに……。
騎士がチラッと落ち込む私を見た。
「願いは、完全に一致でなくても叶う。外部からの影響も受ける……か」
「それがどうしたの?」
「俺が助けなかったら、王女は妹君を殺していたのかもしれない。願いは[私をナイフで刺して]だから」
「あ……。妹が願いを間違えたの……?」
「妹君と一緒にいたいやつがいた……。妹君は[騎士様をお姉様から、私たちに取り戻そう]と言っていた……」
「え? 妹と同じような立場の子ってことよね……?」
それって……。
お、弟!?
「妹と一緒になって、私に妹をナイフで刺すような魔法をかけて……。私が妹を殺そうとしたって証言して……。弟が私を追放した主犯……?」
「ついでに妹君を殺そうとした……」
「え?」
「ナイフで刺されるって願いまで叶えば、“俺と結婚する”は果たされなくてもいい。たぶん、王子が二人を殺そうとして、仕組んだことなんだ……!」
ええ!!
◆◇◆
「騎士様……」
せっかく婚約したのに、騎士様はお姉様を追いかけて、国を捨てて出ていってしまった……。
弟に教えてもらった願いを叶えてくれる迷宮で頑張ったのに……。
「……お姉ちゃん、騎士様のところに行ける魔術が見つかったよ……」
弟が教えてくれる。
「い、行きたい!」
私が喜んで飛びつくと、弟はニヤリと笑う。
◆◇◆
「待ちなさい!」
妹が弟の新しい魔術を使う直前に間に合った。
王と騎士団長、大臣などを連れて妹の部屋に急行したから、大所帯になった。
「お、お姉様……!」
弟は慌てたが、不気味に私を睨みつけた。
妹は何が起こったのかわからないって様子でキョトンとしていた。
「お姉様、おかえりになったの?」
なんて言うから、私のほうが調子が狂う。
私の後ろの騎士に気づいて、花のような笑顔を咲かせたけど、騎士が私の肩を抱く様子に、妹の顔はみるみる青ざめていった。
こうして、妹と弟の悪事はあばかれた。
弟の裏には王妃がいて、二人は追放された。
「あの女の子供が、何故王位につくの! 絶対に報いが起きる! 起こしてやるわよ!」
継母が私に叫んで引きずられていく。
恨まれているとは知らずに、ゾッとした。
あの女とは母のこと?
迷宮の滑石に“王妃が城の尖塔から飛び降りますように”という文字があった……。
私と妹の母の死因だ……。
伝えると父王の顔に怒りと悲しみが浮かんだ。
追放だけでは終わらない予感がした……。
妹は謹慎と監視をつけられることになる。
けれど、それ以上に妹にとって辛いのは私と騎士を見ることで、毎日泣き暮らしている。
「ごめんなさい、お姉様! 騎士様!」
会うたびに謝って来る姿が痛々しい。
騎士は、そんな状態の妹が見ているのを知っていて、私を抱きしめる。
「おれは君だけのもので、君も俺のものだから」
妹が泣いている。
私は妹の泣き声が響くなかで、騎士に愛されて幸せだ。
◆◇◆
「母上、異界の新しい迷宮が見つかりました」
辺境に追放されてから、俺は母上のために王宮に戻れる方法をずっと探している。
「あの女、あの女のせいで……! 殺しても邪魔をする……!」
母上はずっと昔に最初の王の妃になれなかった事を恨んでいる。
絶世の美女といわれていた母より、王が愛したのは素朴な女性だった。
彼女を殺して王妃になっても、二人の娘への憎しみは消えなかった。
ガチャーン
母上がナイフとフォークを俺に投げつけた。
「何故、私が辺境のボロ屋敷で息子とたった二人で暮らさなければいけないの!」
それは、あなた前王妃への嫉妬心のせいだ……。
使用人は逃げて俺だけが残った……。
異界の迷宮が近づく。
俺は行く。
願いを叶えるためじゃない。
逃げるために——。
——辺境の屋敷に、王の命令を受けた暗殺者がやってきた。
殺すべき人は、すでに餓死して、床に倒れていた——。
王妃が誇った美貌は見る影もない。
かつては美しかった王妃に寄り添うのは、ハエや虫、ネズミだけだった。
◆◇◆
私と騎士は迷宮での二人の願いを、王宮に戻ることと前回の私の事件が仕組まれたことだという証拠を持ち帰ることに使った。
事件前に時間を戻すことも考えたけど、二度恋に落ちた記憶を消したくなくて。
私は前よりもずっと騎士が好きで、騎士も私が好き。
存在そのものだから——。
抱き合って溶けるように、二人で幸せに過ごしている。




