エピローグ 幸せのかたち
──それから、半年後。
「リーナ、今日の分だ」
「ありがとう、アルヴィン。棚に並べておいてくれる?」
「ああ」
アルヴィンが運んできたのは、森の奥で採れた希少薬草の束だ。
彼は竜騎士団長の職務と並行して、「辺境薬草資源調査」という名目で定期的にミレーヌの森に滞在している。
もちろん、本当の目的は別にある。
「いってらっしゃい、のキスは?」
「ないです」
「……」
「……ぷっ、冗談ですよ」
頬にそっと唇を寄せると、アルヴィンの耳が真っ赤になった。
半年経っても、この人のこういうところは変わらない。可愛い。
「きゅう♪」
フィルが私の肩の上でご満悦だ。
◇ ◇ ◇
小屋は、もう「小屋」とは呼べないくらい大きくなっていた。
アルヴィンが王都から職人を呼んで増築してくれたのだ。
調合室は以前の三倍の広さになり、薬草の保管庫も完備。
ルーンベルの町からの依頼が増え続けているから、設備の拡充は助かる。
「リーナさん、今月の納品分です!」
「ありがとう、クレア。……最近、依頼が増えたわね」
「当然よ! 『森の薬師リーナ』の名前は、もう周辺の町にも広まってるんだから。隣の領地からも問い合わせが来てるわ」
宮廷を追放された薬師が、辺境で名を上げる。
皮肉な話だけれど──これが、私の選んだ道だ。
「あ、それとね。王都から手紙が来てたわ」
「王都?」
クレアから受け取った手紙には、王弟殿下の署名があった。
──リーナ・フェルト殿。このたび、貴殿の功績を讃え、王国特別薬師の称号を授与する。宮廷薬師団への復帰は求めないが、有事の際には協力を仰ぎたい。また、辺境における薬草研究および医療活動への支援金として、年間金貨五百枚を拠出する。
「金貨五百枚!?」
「すごいじゃない、リーナさん!」
「いや、これは……多すぎるでしょう……」
王国特別薬師。宮廷に属さず、独立した立場で活動する薬師に与えられる最高の称号。
これがあれば、薬草の採取も研究も、王国の全面的な支援のもとで行える。
「……アルヴィンが裏で動いたわね、きっと」
「まあ、団長殿が王弟殿下と仲がいいのは有名だからねぇ」
今度、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
◇ ◇ ◇
午後。
薬草園で作業をしていると、空から影が降りてきた。
ノワールに乗ったアルヴィンだ。
「早かったわね。巡回はもう終わり?」
「ああ。異常なしだ」
ノワールが空き地に着地すると、精霊獣たちが一斉に駆け寄る。
「きゅう♪」「もきゅ♪」「ぴぃ♪」「きゅる♪」
ノワールがふすんと鼻を鳴らし、大きな翼の下で精霊獣たちがもふもふと転がる。
黒竜ともふもふの共存。もはや日常の風景だ。
「アルヴィン。王弟殿下から手紙が来たわ」
「そうか」
「……あなたが動いてくれたんでしょう」
「俺は事実を報告しただけだ。あんたの功績を正当に評価すべきだとな」
「ありがとう」
「礼はいらない。──それより」
アルヴィンが、背中に隠していたものを差し出した。
小さな木箱。中には──細い銀の指輪が入っていた。
控えめだけれど、月の光を閉じ込めたような淡い輝きを放っている。
「これ──」
「月光石だ。この森で採れる。……あんたに似合うと思った」
【万物鑑定】が自動的に起動する。
──月光石の指輪。素材:天然月光石(最高品質)、銀。加工:ルーンベルの職人による手作り。発注者が石の選定に三日かけた模様。
三日かけて石を選んだ。
「……アルヴィン」
「……なんだ」
「鑑定しちゃった」
「……何が視えた」
「石を選ぶのに三日かけたって」
「…………鑑定禁止だ」
真っ赤になったアルヴィンが顔を背ける。
──ああ、もう。好き。大好き。
「ありがとう。大切にする」
指輪をはめると、ぴったりだった。
「きゅうー!!」
フィルが歓喜の声を上げ、精霊獣たちが私の周りでお祝いのダンスを始めた。
ノワールまで翼をばさばさ振っている。
「……騒がしいな」
「嬉しいのよ、みんな」
「……俺もだ」
ぼそっと言ったアルヴィンの手を、そっと握り返す。
◇ ◇ ◇
夕暮れの森。
小屋の前のベンチに並んで座り、沈む夕日を眺める。
フィルが私の膝の上で丸くなり、ルルがアルヴィンの足元で眠っている。
ソラが屋根の上で夕暮れの歌を歌い、ミドが庭の石の上でひなたぼっこをしている。
ノワールは森の木にもたれて、大きなあくびをした。
「ねぇ、アルヴィン」
「ん」
「追放されたとき、正直に言うと──悔しかった。五年間頑張ってきたのに、スキルだけで全部否定されたのが」
「……ああ」
「でも、今は思うの。あの追放がなかったら、この森には来なかった。フィルにもルルにも出会えなかった。この町の人たちとも──」
アルヴィンの顔を見上げる。
「──あなたにも」
「……」
アルヴィンの腕が、そっと私の肩に回された。
「だから──ハズレスキルで追放されて、よかった」
「ハズレじゃない。何度でも言うが、あんたのスキルは──」
「わかってる。でもね、もし本当にハズレだったとしても──今の私は幸せよ」
アルヴィンが何か言いかけて、口を閉じた。
そして──ゆっくりと、私の額に唇を寄せた。
「……俺もだ」
「きゅう♪」
フィルが寝ぼけまなこで、小さく鳴いた。
夕日が森を黄金色に染めている。
もふもふたちの温もりと、隣にいる人の温もりと。
──これが、私の幸せのかたち。




