第八話 告白 ~あなたのそばに~
アルヴィンが「定期巡回」と称して森を訪れるようになって、二ヶ月が経った。
頻度は──週に三回。
「それ、巡回じゃなくて通勤では?」
「辺境は広い。巡回に時間がかかる」
「ここ、辺境の一箇所ですよね」
「重点警備区域だ」
もはや言い訳にもなっていない。
でも──嬉しくないと言えば、嘘になる。
アルヴィンが来ると、フィルたちが大はしゃぎする。
ノワールも森の空き地で大人しく待っていてくれて、精霊獣たちと遊んでいる。
黒竜にもふもふが群がる光景は、なかなかシュールだ。
「今日のスープ、いつもと味が違うな」
「わかります? 森の北側で見つけた新しい香草を入れてみたんです。【万物鑑定】で調べたら、消化促進効果があって」
「……うまい」
たった二文字。でも、アルヴィンの「うまい」は信用できる。
この人は、嘘をつかないから。
◇ ◇ ◇
ある日、アルヴィンが珍しく真面目な顔で──いつも真面目だけど、いつも以上に真面目な顔で切り出した。
「リーナ。報告がある」
「なにかしら」
「エドガー公爵が、宮廷薬師団長を罷免された」
「──え?」
「スキル査定制度の見直しを進める中で、エドガーが査定結果を恣意的に操作していた証拠が見つかった。あんただけじゃない。都合の悪い薬師を追放して、自分の派閥の人間で固めていたんだ」
知らなかった。
私のスキルがハズレ認定されたのは、純粋な査定結果だと思っていた。
「操作……って、じゃあ私のスキルは、最初からハズレじゃなかった?」
「当然だ。【万物鑑定】がハズレなわけがない。エドガーは、あんたのスキルの真価に気づいていたんだろう。自分の地位を脅かす存在だと判断して、排除した」
「……」
五年間。
自分はハズレだと言われ続けた。
心のどこかで、本当にそうなのかもしれないと思っていた。
「エドガーは今、取り調べを受けている。あんたに対する不当な追放処分の件でもな」
「アルヴィン……あなたが動いてくれたの?」
「俺だけじゃない。王弟殿下も、宮廷薬師団の惨状を見て独自に調査を進めていた。俺はきっかけを作っただけだ」
──きっかけ。
それは、アルヴィンが森で私と出会って、私のスキルの真価を知ったから。
「名誉回復の手続きも進んでいる。あんたの追放処分は正式に撤回される。宮廷薬師団への復帰も──」
「復帰はしません」
「……だと思った」
アルヴィンが、かすかに笑った。
「でも──名誉回復は、ありがたく受けます。ハズレじゃなかったって、公式に認めてもらえるなら」
「ああ。あんたのスキルは、ハズレどころか──国宝級だ。査定官たちも全員認めている」
国宝級。
大袈裟な。でも──
目の奥がじんわりと熱くなった。
「ありがとう、アルヴィン」
「礼を言うのは俺のほうだ。あんたに命を救われた。それだけじゃない──」
アルヴィンが言葉を切った。
珍しく、言い淀んでいる。
「それだけじゃない?」
「……」
アルヴィンは、私の目をまっすぐに見た。
碧い目。深い湖のような。
初めて出会った日と同じ目。でも、今はそこに──確かな熱がある。
「──リーナ。俺は、あんたのそばにいたい」
心臓が、止まったかと思った。
「巡回の名目じゃなく。団長の立場でもなく。……ただの、アルヴィンとして」
「……」
「不器用で、言葉も足りない男だ。竜の背中で空を飛ぶことしか能がない。だが──」
「アルヴィン」
「あんたが作る飯がうまい。あんたが調合する姿を見ていると落ち着く。精霊獣どもに好かれているあんたを見ると──」
「アルヴィン」
「──なんだ」
「私も」
アルヴィンが、目を見開いた。
「私も、あなたのそばにいたい。ずっと──そう思ってた」
沈黙が流れた。
森の風が、木の葉を揺らしている。
アルヴィンの大きな手が、そっと私の手を包んだ。
無骨で、剣だこだらけの手。でも、温かい。
「……リーナ」
「はい」
「俺は、あんたを二度と手放さない」
──ああ、もう。
この人は、こういう不意打ちをしてくる。
「きゅうー!!」
フィルが盛大に喜びの雄叫びを上げた。
「もきゅー!」「ぴぃぴぃ!」「きゅるるー!」
精霊獣四匹が大合唱。
ノワールまで空に向かって咆哮している。
「……騒がしいな」
「もう、みんな知ってたんでしょうね。私たちより先に」
「きゅう♪」
フィルが得意げに三本の尻尾を振る。
──絶対知ってた。最初から。
「あのね、フィル。あなたが最初にアルヴィンに懐いたとき、まさかこうなるって──」
「きゅう♪♪♪」
はいはい。ありがとう。あなたのおかげよ。
月明かりの下、私たちは手を繋いだまま、しばらく黙って空を見上げていた。
追放されて、森に来て、もふもふたちと出会って、この人と出会って。
全部──【万物鑑定】が私にくれた、最高の未来だった。




