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第七話 呼び戻し ~お断りします~



 アルヴィンが旅立った翌日。


 小屋の中が、やけに静かだった。


「……」


 フィルが、アルヴィンが使っていたベッドの上で丸くなっている。

 ルルも、ソラも、ミドも、どことなく元気がない。


「みんな、寂しいの?」


「きゅう……」


 私だって──。


 いや、やめよう。彼は竜騎士団長だ。王国のために働く人。辺境の薬師と過ごした二週間は、ちょっとした休暇みたいなものだったんだろう。


「さ、仕事しましょう。今日はポーションの在庫を補充しないと」


 気を紛らわすように調合に没頭していると──


「リーナさーん!」


 クレアの声。今日はやけに慌てている。


「どうしたの?」


「た、大変! 王都から使者が来てるの! 宮廷の馬車で!」


「──え?」


 小屋の前に出ると、確かに立派な馬車が停まっていた。

 宮廷の紋章が入った黒塗りの馬車。そこから降りてきたのは──


「久しぶりね、リーナ」


 マルグリットだった。


 相変わらず、取り繕った笑みを浮かべている。

 でも、よく見ると目の下に隈があり、顔色も悪い。


「マルグリット……なんで、ここに」


「エドガー公爵の命令よ。あなたを宮廷に呼び戻しに来たの」


「……は?」


 追放したのは、そちらでしょう?


「スキル査定の結果を見直したの。【万物鑑定】は再評価の対象になったわ。だから、復職してほしいのよ」


 マルグリットの後ろに控えている宮廷の役人が、羊皮紙を差し出した。


「リーナ・フェルト殿。エドガー公爵の名において、宮廷薬師団への復帰を命じます。待遇は以前と同等──」


「お断りします」


 即答だった。


 役人が目を丸くする。マルグリットも。


「ちょ、ちょっとリーナ! 公爵様の命令よ?」


「公爵様に追放されたのも公爵様の命令でしたけど?」


「それは──」


「私はもう宮廷薬師じゃありません。ただの辺境の薬師です。公爵様の命令に従う義務はないはずですが」


 マルグリットが言葉に詰まった。


 ──【万物鑑定】が、マルグリットの状態を映し出す。


 ──対象:マルグリット。精神状態:極度の疲労と焦燥。スキル【薬草培養】の使用頻度が限界値を超えている。直近一ヶ月の調合失敗率:四十三パーセント。


 四十三パーセント。

 私がいた頃の失敗率は、ゼロだった。

 私が裏でフォローしていたから。


「……マルグリット。正直に言うけれど」


「な、なに?」


「あなたが苦労しているのは、わかる。でも、それは私がいなくなったせいじゃなくて──私がいた頃から、品質管理を私が全部やっていたから。あなたは気づいていなかっただけ」


「──っ」


 マルグリットの顔が、真っ赤になった。


「な……何を偉そうに……! あなたのスキルはハズレだって──」


「ハズレスキルの私がいなくなって、宮廷が困っているんでしょう?」


「……っ!」


「それが答えじゃないかしら」


 私は穏やかに微笑んだ。

 怒りは──もうない。あるのは、静かな確信だけだ。


「リーナさん」


 クレアが隣に来て、腕を組んだ。


「ルーンベルの冒険者ギルドとして言わせてもらうわ。リーナさんは、この町にとってなくてはならない薬師よ。王都に連れ戻すなんて、認められないわ」


「そうだそうだ!」


 いつの間にか、町の人たちが集まっていた。


「リーナさんの薬がなかったら、うちの子は死んでたかもしれない!」

「俺たちの命の恩人だぞ!」

「森の薬師はルーンベルの宝だ!」


 ──泣きそうになった。


 宮廷では、誰も私の価値を認めてくれなかった。

 でも、ここでは。


「聞いたでしょう。これが私の答えです」


 マルグリットは唇を噛み締めていた。


「……後悔するわよ、リーナ」


「しないわ。だって──」


 フィルが肩に飛び乗り、ルルが足元に寄り添い、ソラが頭上を飛び、ミドがくるくる回る。


「──私には、大切な仲間がいるから」


「きゅう♪」


 マルグリットは何も言えず、馬車に乗り込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 馬車が去った後。


「リーナさん、かっこよかった!」


 クレアが目を輝かせている。


「そ、そうかしら……」


「断言するけど、宮廷の連中は今頃真っ青よ。あなたの代わりなんているわけないもの」


「……ありがとう、クレア。みんなも」


 町の人たちが温かい目で見てくれている。


 ここが、私の居場所だ。


 ──その夜。


 小屋の前で月を見上げていると、空に影が過った。


 大きな翼を広げた──竜?


 黒い竜が、森の空き地にゆっくりと降り立った。

 その背から、銀色の髪が月光に輝く人物が飛び降りる。


「アルヴィン──!?」


「……宮廷から使者が来たと聞いた」


「えっ、もう知ってるの?」


「情報は早いほうだ。──断ったんだな」


「ええ」


 アルヴィンが、ほっとしたように息を吐いた。


 ──ほっとした?


「あんたが宮廷に戻ったら……」


「戻ったら?」


「……いや。なんでもない」


 月明かりの中、アルヴィンの耳の先がわずかに赤くなっているのが見えた。


「ところで、その竜は?」


「ノワール。新しい相棒だ。ゾルドの──仔竜だ」


 黒い竜が、ふすんと鼻を鳴らした。

 まだ若い竜だけれど、その目にはゾルドと同じ、聡明な光がある。


「……ゾルドは、仔竜を残していたのね」


「ああ。こいつが、俺に来いと言ってくれた」


 アルヴィンがノワールの首を撫でる。

 その横顔に、もう悲しみだけではない──未来への決意が見えた。


「リーナ」


「はい」


「俺は王都に戻って、やるべきことがある。エドガーの件──スキル査定の制度そのものがおかしい。変えなければならない」


「……大変なことになるわよ」


「俺は竜騎士団長だ。大変じゃないことのほうが少ない」


 ふっ、と笑った。

 前よりも自然な笑みだった。


「──だから、定期的にここに来る。辺境の巡回という名目で」


「……それ、完全に公私混同じゃないですか」


「団長権限だ」


「横暴です」


「ああ、横暴だ」


 悪びれもせず、アルヴィンは言い切った。

 ──この人は。


「きゅう♪♪♪」


 フィルが大喜びでアルヴィンに飛びついた。


「こら、フィル、この人はもう患者さんじゃ──」


「きゅう!!」


 フィルが全力で首を横に振る。


 ──患者じゃなくても来てほしい、って?


「……好きにすればいいわ」


 そう言った私の顔が赤いことは、月明かりのおかげでバレなかった──はず。

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