第六話 宮廷の混乱 ~薬師なき王国~
──王都にて。
「エドガー公爵! 今月の治癒ポーションの納品数が、先月の半分以下です!」
「なんだと!?」
宮廷薬師団の執務室で、エドガー公爵は報告書を叩きつけた。
「マルグリット! どういうことだ!」
「も、申し訳ありません、公爵様……。リーナが抜けてから、品質管理が追いつかなくて……」
マルグリットは顔を青くしている。
リーナ・フェルトが宮廷を去ってから、一ヶ月。
薬師団の仕事は、目に見えて崩壊していた。
まず、薬の品質が落ちた。
リーナがいた頃は、すべての薬が安定した高品質だった。それは彼女が密かに全ての完成品を【万物鑑定】でチェックし、問題があれば調合し直していたからだ。
マルグリットはそのことを知らない。
リーナの仕事を引き継いだつもりでいたが、出来上がる薬は品質にばらつきがあり、効き目も以前の七割程度。
「先日、騎士団に納品した治癒ポーションに不良品が混ざっていたという報告もあります」
「な──っ!」
「さらに、先月の疫病対策で使用した予防薬ですが、効果が不十分だったようで……感染の拡大が止まっておりません」
エドガーの顔から血の気が引いた。
「あの予防薬は、リーナが調合したレシピのはずだろう!」
「はい。レシピ通りに作ったのですが……なぜか同じ効果が出ないんです」
──当然だ。
リーナのレシピは、【万物鑑定】で素材の状態を完璧に把握した上で、その都度配合を微調整していた。固定されたレシピではなく、素材ごとの最適解だったのだ。
しかし、その事実を知る者は誰もいない。
「王弟殿下からもお叱りを受けております。宮中の薬の在庫が底をつきそうだと……」
「くっ……あの小娘がいなくなっただけで、なぜこうなる……!」
エドガーは歯噛みした。
あのとき、スキル査定でハズレ認定して追放したのは、自分の判断だ。
鑑定スキルなど使い物にならない──そう断じたのは、ほかでもない自分自身。
だが、現実は残酷だった。
リーナ・フェルトという一人の薬師がいなくなっただけで、宮廷薬師団は機能不全に陥っている。
「……リーナを呼び戻せ」
「えっ?」
「聞こえなかったか! リーナ・フェルトを探し出して、宮廷に呼び戻すのだ!」
「し、しかし公爵様、追放したのは公爵様ご自身では……」
「黙れ! あれは──あれは、一時的な措置だ。スキル査定の見直しということにすればいい」
エドガーは、自分の過ちを認めるつもりはなかった。
ただ、薬師団を立て直すためにリーナの力が必要だという事実だけは、認めざるを得なかった。
「すぐに探せ。どこにいるか調べろ」
「は、はい!」
◇ ◇ ◇
──ミレーヌの森。
そんな王都の混乱を知る由もない私は、穏やかな日々を過ごしていた。
アルヴィンの傷は、日に日に回復している。
一週間が経つ頃には、自力で歩けるようになっていた。
「リーナ」
「はい?」
「飯がうまい」
「……ありがとうございます」
アルヴィンは、言葉が少ない。
でも、ちゃんと伝えるべきことは伝えてくれる。
それが──なんだか、心地よかった。
朝食の後、アルヴィンは小屋の前で剣の素振りを始めた。
まだ完治していないのに──と言いかけたが、騎士にとって鍛錬は日課なのだろう。
「あまり無理しないでくださいね。傷が開きます」
「わかっている」
と言いながらも、木剣を振るう姿は美しかった。
無駄のない動き。流れるような体さばき。
さすが王国最強の騎士団長だ。
──【万物鑑定】が、つい起動する。
──アルヴィン・レイゼス。身体能力:全項目で人間の上限値付近。剣技:王国歴代最高クラス。現在の回復率:約七十パーセント。完全回復までの推定日数:十日。
七十パーセントの状態で、この動き。完全回復したらどれほどのものだろう。
「……じろじろ見るな」
「す、すみません。つい鑑定してしまって」
「俺を鑑定したのか?」
「あっ、ごめんなさい! 無許可で──」
「構わない。で、何が視えた」
意外と気にしないらしい。
「……歴代最高クラスの剣技、だそうです」
「ふん。大仰なスキルだな」
でもその口元が、ほんの少し緩んでいた。
「それと──回復率七十パーセント。完全回復まであと十日」
「十日か。……世話になるな」
「いいんですよ。ここにいる間は、うちの患者さんですから」
「患者か」
アルヴィンが、不思議な目で私を見た。
「あんたは……俺が竜騎士団長だと知っても、態度が変わらないな」
「だって、今のあなたはただの怪我人じゃないですか」
「……」
アルヴィンは、ふっと息を吐いた。
「──変わった女だ」
「よく言われます」
精霊獣たちも、すっかりアルヴィンに懐いていた。
フィルはアルヴィンの膝の上が定位置になっているし、ルルは彼の足元で丸くなる。ソラは彼の肩に止まって歌を聴かせ、ミドは彼の周りをくるくる回っている。
「精霊獣に好かれすぎでは」
「こいつら、俺に何か期待しているような目で見てくるんだが」
「きゅう♪」
フィルが私とアルヴィンを交互に見る。
──まさか、フィル。あなた、変なことを考えてないでしょうね。
「きゅう♪♪」
三本の尻尾がぶんぶん振れている。
絶対考えてる。
◇ ◇ ◇
その夜。
アルヴィンが珍しく自分から話しかけてきた。
「リーナ」
「はい?」
「……俺が回復したら、一度王都に戻らなければならない。竜騎士団に復帰の報告をする義務がある」
「そう、ですよね。当然です」
わかっていた。彼はいつまでもここにいるわけじゃない。
「だが──」
アルヴィンは窓の外の月を見つめた。
「宮廷薬師団の件。エドガーの判断は明らかに間違いだ。……あんたが望むなら、俺から話を通すこともできる」
「……いいんです」
「いいのか?」
「もう宮廷には戻りたくないんです。ここでの暮らしが気に入ってしまったので」
精霊獣たちと、森と、薬草と。
小さいけれど、自分の場所。
「……そうか」
アルヴィンは静かに頷いた。
「なら、あんたの選択を尊重する。──だが、もし何かあれば、いつでも俺を頼れ」
「……ありがとうございます、アルヴィンさん」
「アルヴィンでいい」
「え?」
「さん付けはやめろ。気持ち悪い」
「……アルヴィン」
「ああ」
月明かりの中で、彼の碧い目が柔らかく細められた。
──この人がいなくなったら、少し寂しくなるな。
そう思った自分に、少しだけ驚いた。




