第五話 万能薬 ~鑑定スキルの真価~
アルヴィンが目を覚ましてから、三日が経った。
竜騎士団長という肩書きに身構えていた私だけれど、意外にも彼は静かな人だった。
必要以上のことは話さず、出された食事は残さず食べ、薬の時間には素直に従う。
時折、窓の外を眺めて──おそらくゾルドのことを想っているのだろう──遠い目をすることがあったけれど、それ以外は穏やかだった。
「リーナ」
「はい?」
「この薬……なんだ、これは」
朝の治癒ポーションを飲んだアルヴィンが、空になった瓶をまじまじと見つめている。
「普通の上位治癒ポーションですけど」
「普通じゃない。俺は騎士団で何度も治癒ポーションを使ってきた。だが、ここまで効くものは初めてだ。王都の最高級品よりも上だ」
「そう、ですか?」
しれっと答える私に、アルヴィンの碧い目が鋭くなった。
「あんた──何者だ?」
「……ただの薬師ですよ」
「ただの薬師が、精霊獣を四匹も従えるか? ただの薬師が、王都の最高品質を超えるポーションを片手間で調合するか?」
──鋭い。さすが団長を務める人だ。
「……私のスキルは【万物鑑定】と言います」
隠しても仕方がない。彼の回復が最優先だ。
「鑑定系スキルか」
「はい。ただ……普通の鑑定とは少し違って。素材の本質──最適な使い方、組み合わせ、タイミングまで、全部視えるんです」
アルヴィンは、しばらく黙っていた。
「……それは、ハズレどころか──化け物のスキルだな」
「えっ」
「理論上の最適解が常にわかるということだろう。それは──あらゆる分野で最高の結果を出せるということだ。料理も、薬も、鍛冶も、建築も。……戦闘でさえ」
──戦闘でさえ。
確かに、魔物の弱点が視えるのだから、戦闘にも応用できる。
でも、私は戦闘向きの人間じゃない。
「宮廷では、ハズレスキルだと言われました」
「宮廷?」
──しまった。余計なことを。
「……以前、王都で薬師をしていたんです。スキル査定でハズレ認定されて、追放されました」
アルヴィンの表情が、わずかに変わった。
「……追放。誰がそんな判断を」
「エドガー公爵です。宮廷薬師団の長を務めている方で」
「エドガー……」
その名を聞いたアルヴィンの目が、冷たく光った。
何か知っているような反応だったが、彼はそれ以上追及しなかった。
「──リーナ」
「はい」
「あんたのスキルは、ハズレじゃない。それだけは俺が保証する」
不器用に、でもはっきりと。
竜騎士団長は、そう言い切った。
──ずるいな、この人。
たった一言で、五年間の屈辱が報われた気がした。
◇ ◇ ◇
アルヴィンの傷が順調に回復していく中、事件が起きた。
「リーナさん! 大変よ!」
ギルドの受付嬢クレアが、血相を変えて飛んできた。
「どうしたの、クレア?」
「冒険者のベルク班が森の奥で魔獣に襲われて──三人が毒に侵されてるの! 普通の解毒剤が効かなくて!」
「毒の種類は?」
「わからないの。町の薬師さんにも見せたけど、見たことない毒だって……」
私は即座に薬箱を掴んだ。
「案内して」
ギルドに駆けつけると、三人の冒険者が苦しんでいた。
全身が紫色に変色し、高熱にうなされている。
【万物鑑定】。
──毒の種類:Bランク魔獣『紫蝕蟲』の複合毒。神経毒と腐食毒の混合。通常の解毒剤では中和不可。時間経過とともに内臓を侵食。推定余命:無処置の場合、約十二時間。
──推奨解毒法:銀蘭の根(高純度)、月光草(夜間採取品)、金糸茸の胞子、蒼氷花の蕊。配合比率三:二:一:一。冷水抽出ではなく、八十度の温水で急速抽出。抽出時間は正確に十二分。
通常の薬師なら、この毒の正体すら特定できない。
ましてや解毒法など──。
でも、私には視える。
「材料は全部ある。調合に三十分ください」
「三十分で解毒剤が!?」
クレアが目を丸くしている。
私は工房に戻り、全集中で調合に取りかかった。
銀蘭の根を磨り潰す。粒子の細かさは【万物鑑定】で確認──よし、最適な粗さだ。
月光草は昨夜採取した最高品質のもの。魔力含有量は九十八パーセント。完璧。
金糸茸の胞子を慎重に取り出す。量が少しでもずれると効果が激減する。
蒼氷花の蕊は──八十度の湯に入れると、一瞬だけ青く発光する。その瞬間に銀蘭を投入。
十二分。一秒の狂いもなく。
「きゅう!」
フィルが横で応援してくれている。今日は邪魔しないでいてくれる。空気を読んだね。
「……完成」
淡い紫色の液体。
【万物鑑定】で確認。
──特殊解毒剤。品質:最上。対象毒素の中和率:九十九・七パーセント。即効性あり。
「よし」
ギルドに戻り、三人の冒険者に解毒剤を飲ませる。
効果は劇的だった。
紫色の変色がみるみる薄れ、高熱が引いていく。十分もしないうちに、三人とも呼吸が安定した。
「嘘……たった三十分で、あの毒を?」
クレアが呆然としている。ギルドにいた冒険者たちも、信じられないという顔だ。
「う……あれ、俺たち……」
目を覚ました冒険者の一人が、きょろきょろと周りを見る。
「助かったのよ、あなたたち! リーナさんが特効薬を作ってくれたの!」
「リーナさん……森の薬師の……」
「ありがとうございます!」
「命の恩人だ!」
三人が涙ながらに頭を下げる。
「いいえ、間に合ってよかった」
素直にそう思った。
追放されたことへの未練はないけれど、薬師として人の命を救えることへの喜びは、変わらない。
◇ ◇ ◇
小屋に戻ると、アルヴィンがベッドの上で起き上がっていた。
「あんた、出かけていたのか」
「ギルドで急患が出て。複合毒の解毒に行ってきました」
「……複合毒を、三十分で解毒したのか」
「聞いてたんですか?」
「フィルが教えてくれた」
フィルが誇らしげに胸を張っている。
「きゅう! きゅうきゅう!」
たぶん「リーナすごかったんだよ!」と言っている。
アルヴィンは静かに私を見つめた。
その碧い目には、今まで見たことのない感情が浮かんでいた。
「リーナ」
「はい?」
「──あんたは、とんでもない人間だな」
それは批判ではなかった。
純粋な──敬意だった。
心臓が、どきんと跳ねた。
「……ただの薬師ですよ」
「ただの薬師は、俺を二回も黙らせたりしない」
かすかに──本当にかすかに、アルヴィンの口角が上がった。
この人が笑うところ、初めて見た。
──なんだろう、この気持ち。
胸の奥が、じわりと温かい。
「きゅう♪」
フィルが私とアルヴィンを交互に見て、嬉しそうに尻尾を振っていた。




