表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第五話 万能薬 ~鑑定スキルの真価~



 アルヴィンが目を覚ましてから、三日が経った。


 竜騎士団長という肩書きに身構えていた私だけれど、意外にも彼は静かな人だった。


 必要以上のことは話さず、出された食事は残さず食べ、薬の時間には素直に従う。

 時折、窓の外を眺めて──おそらくゾルドのことを想っているのだろう──遠い目をすることがあったけれど、それ以外は穏やかだった。


「リーナ」


「はい?」


「この薬……なんだ、これは」


 朝の治癒ポーションを飲んだアルヴィンが、空になった瓶をまじまじと見つめている。


「普通の上位治癒ポーションですけど」


「普通じゃない。俺は騎士団で何度も治癒ポーションを使ってきた。だが、ここまで効くものは初めてだ。王都の最高級品よりも上だ」


「そう、ですか?」


 しれっと答える私に、アルヴィンの碧い目が鋭くなった。


「あんた──何者だ?」


「……ただの薬師ですよ」


「ただの薬師が、精霊獣を四匹も従えるか? ただの薬師が、王都の最高品質を超えるポーションを片手間で調合するか?」


 ──鋭い。さすが団長を務める人だ。


「……私のスキルは【万物鑑定】と言います」


 隠しても仕方がない。彼の回復が最優先だ。


「鑑定系スキルか」


「はい。ただ……普通の鑑定とは少し違って。素材の本質──最適な使い方、組み合わせ、タイミングまで、全部視えるんです」


 アルヴィンは、しばらく黙っていた。


「……それは、ハズレどころか──化け物のスキルだな」


「えっ」


「理論上の最適解が常にわかるということだろう。それは──あらゆる分野で最高の結果を出せるということだ。料理も、薬も、鍛冶も、建築も。……戦闘でさえ」


 ──戦闘でさえ。


 確かに、魔物の弱点が視えるのだから、戦闘にも応用できる。

 でも、私は戦闘向きの人間じゃない。


「宮廷では、ハズレスキルだと言われました」


「宮廷?」


 ──しまった。余計なことを。


「……以前、王都で薬師をしていたんです。スキル査定でハズレ認定されて、追放されました」


 アルヴィンの表情が、わずかに変わった。


「……追放。誰がそんな判断を」


「エドガー公爵です。宮廷薬師団の長を務めている方で」


「エドガー……」


 その名を聞いたアルヴィンの目が、冷たく光った。

 何か知っているような反応だったが、彼はそれ以上追及しなかった。


「──リーナ」


「はい」


「あんたのスキルは、ハズレじゃない。それだけは俺が保証する」


 不器用に、でもはっきりと。

 竜騎士団長は、そう言い切った。


 ──ずるいな、この人。

 たった一言で、五年間の屈辱が報われた気がした。


 ◇ ◇ ◇


 アルヴィンの傷が順調に回復していく中、事件が起きた。


「リーナさん! 大変よ!」


 ギルドの受付嬢クレアが、血相を変えて飛んできた。


「どうしたの、クレア?」


「冒険者のベルク班が森の奥で魔獣に襲われて──三人が毒に侵されてるの! 普通の解毒剤が効かなくて!」


「毒の種類は?」


「わからないの。町の薬師さんにも見せたけど、見たことない毒だって……」


 私は即座に薬箱を掴んだ。


「案内して」


 ギルドに駆けつけると、三人の冒険者が苦しんでいた。

 全身が紫色に変色し、高熱にうなされている。


 【万物鑑定】。


 ──毒の種類:Bランク魔獣『紫蝕蟲パープル・イーター』の複合毒。神経毒と腐食毒の混合。通常の解毒剤では中和不可。時間経過とともに内臓を侵食。推定余命:無処置の場合、約十二時間。

 ──推奨解毒法:銀蘭の根(高純度)、月光草(夜間採取品)、金糸茸の胞子、蒼氷花の蕊。配合比率三:二:一:一。冷水抽出ではなく、八十度の温水で急速抽出。抽出時間は正確に十二分。


 通常の薬師なら、この毒の正体すら特定できない。

 ましてや解毒法など──。


 でも、私には視える。


「材料は全部ある。調合に三十分ください」


「三十分で解毒剤が!?」


 クレアが目を丸くしている。


 私は工房に戻り、全集中で調合に取りかかった。


 銀蘭の根を磨り潰す。粒子の細かさは【万物鑑定】で確認──よし、最適な粗さだ。

 月光草は昨夜採取した最高品質のもの。魔力含有量は九十八パーセント。完璧。

 金糸茸の胞子を慎重に取り出す。量が少しでもずれると効果が激減する。

 蒼氷花の蕊は──八十度の湯に入れると、一瞬だけ青く発光する。その瞬間に銀蘭を投入。


 十二分。一秒の狂いもなく。


「きゅう!」


 フィルが横で応援してくれている。今日は邪魔しないでいてくれる。空気を読んだね。


「……完成」


 淡い紫色の液体。

 【万物鑑定】で確認。


 ──特殊解毒剤。品質:最上。対象毒素の中和率:九十九・七パーセント。即効性あり。


「よし」


 ギルドに戻り、三人の冒険者に解毒剤を飲ませる。


 効果は劇的だった。


 紫色の変色がみるみる薄れ、高熱が引いていく。十分もしないうちに、三人とも呼吸が安定した。


「嘘……たった三十分で、あの毒を?」


 クレアが呆然としている。ギルドにいた冒険者たちも、信じられないという顔だ。


「う……あれ、俺たち……」


 目を覚ました冒険者の一人が、きょろきょろと周りを見る。


「助かったのよ、あなたたち! リーナさんが特効薬を作ってくれたの!」


「リーナさん……森の薬師の……」


「ありがとうございます!」

「命の恩人だ!」


 三人が涙ながらに頭を下げる。


「いいえ、間に合ってよかった」


 素直にそう思った。

 追放されたことへの未練はないけれど、薬師として人の命を救えることへの喜びは、変わらない。


 ◇ ◇ ◇


 小屋に戻ると、アルヴィンがベッドの上で起き上がっていた。


「あんた、出かけていたのか」


「ギルドで急患が出て。複合毒の解毒に行ってきました」


「……複合毒を、三十分で解毒したのか」


「聞いてたんですか?」


「フィルが教えてくれた」


 フィルが誇らしげに胸を張っている。


「きゅう! きゅうきゅう!」


 たぶん「リーナすごかったんだよ!」と言っている。


 アルヴィンは静かに私を見つめた。

 その碧い目には、今まで見たことのない感情が浮かんでいた。


「リーナ」


「はい?」


「──あんたは、とんでもない人間だな」


 それは批判ではなかった。

 純粋な──敬意だった。


 心臓が、どきんと跳ねた。


「……ただの薬師ですよ」


「ただの薬師は、俺を二回も黙らせたりしない」


 かすかに──本当にかすかに、アルヴィンの口角が上がった。


 この人が笑うところ、初めて見た。


 ──なんだろう、この気持ち。

 胸の奥が、じわりと温かい。


「きゅう♪」


 フィルが私とアルヴィンを交互に見て、嬉しそうに尻尾を振っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ