第四話 竜騎士団長 ~森に来た負傷者~
異変に気づいたのは、ソラだった。
「ぴぃぴぃ!」
青い小鳥の精霊獣が、激しく鳴きながら窓を叩く。
「どうしたの、ソラ?」
「ぴぃ!」
ソラが森の北東方向を指し示す。
私は急いで外に出た。
空気が──違う。
【万物鑑定】が自動的に起動する。
──北東方向、約二キロメートル地点。強い魔力の残滓を検知。戦闘の痕跡。大型魔獣(推定Aランク以上)と人間の交戦跡。人間の血液反応あり。生体反応──微弱。
「誰かが怪我をしている……!」
私は薬箱を掴んで走り出した。
フィルが私の肩にしがみつき、ミドが先導するように前を走る。
「ミド、案内して!」
「きゅるきゅる!」
ミドは地面の振動から正確な位置を探知できる。
彼の導くまま森を駆け抜け、十分ほどで現場に着いた。
──息を呑んだ。
巨大な爪痕が木々を薙ぎ倒し、地面は深くえぐれている。
大型の魔獣と激しい戦闘があったことは一目でわかった。
そして、倒れている人影が一つ。
「……っ」
銀色の髪が、血と泥に汚れて地面に散らばっている。
白い鎧は引き裂かれ、左脇腹から大量の血が流れ出ていた。
その傍には、折れた長槍と──
──大きな、竜の亡骸。
竜騎士だ。しかも、この鎧の紋章は──。
【万物鑑定】が情報を映し出す。
──対象:人間。男性。推定年齢二十五歳。
──状態:重傷。左脇腹に裂傷(深さ三センチ、内臓損傷の可能性)。右肩脱臼。全身に打撲多数。魔力枯渇。出血量──危険域。
──推定:Aランク魔獣『闇鉤爪』との交戦による負傷。単独で撃破した模様。
単独でAランク魔獣を!?
驚いている場合じゃない。
「しっかりして! 聞こえますか!?」
駆け寄って脈を取る。弱いが、まだある。
即座に薬箱を開いた。
「まず止血……紅絹草の粉末を傷口に。それから──」
【万物鑑定】が最適な処置手順をリアルタイムで示してくれる。
──推奨処置:紅絹草粉末で止血。銀蘭エキスで感染防止。月光草ベースの治癒軟膏を傷口に塗布。内臓損傷の修復には上位治癒ポーション(品質「極上」以上)の経口投与が必要。右肩は脱臼のため整復を要する。
幸い、今朝作ったばかりの上位治癒ポーションが三本ある。
手早く傷口を処理し、軟膏を塗る。
右肩の脱臼を──これは痛いけど、ごめんなさい──整復する。
「……っ」
男性が小さく呻いた。意識が戻りかけている。
「大丈夫、もう少しだけ我慢して」
上位治癒ポーションの瓶を開け、彼の口元に運ぶ。
ゆっくりと流し込むと、彼の喉が微かに動いて液体を飲み込んだ。
【万物鑑定】で回復状況を確認する。
──治癒ポーション投与後の経過:内臓損傷の修復開始。出血停止。生体反応──安定化傾向。回復には更に二十四時間以上の安静が必要。
「……よかった。間に合った」
ほっと息をついた瞬間、彼の目がうっすらと開いた。
碧い。
深い湖のような、澄んだ碧い目。
「……ここは」
「ミレーヌの森の中です。あなたは重傷を負っていました。動かないでください」
「……竜は。ゾルドは……」
彼の視線が、傍らに横たわる竜の亡骸に向けられる。
その瞳に、深い悲しみが宿った。
「ゾルド……すまない……」
「お連れの竜は……残念ですが」
「……俺のせいだ。俺が、もっと早く気づいていれば」
──【万物鑑定】が、竜の亡骸の情報を映し出す。
──竜種ゾルド。種別:銀翼竜。年齢:推定百二十歳。死因:Aランク魔獣の毒爪による致命傷。騎手を庇って攻撃を受けた模様。
竜が、この人を守って死んだ。
「あなたの竜は、あなたを守ったんですね」
「……ゾルド」
銀髪の男性──竜騎士は、血にまみれた手で竜の鱗に触れた。
強い人なのだろう。Aランク魔獣を単独で倒すほどの。
でも今、その碧い目から静かに涙が流れていた。
「……今は、休んでください。体がまだ危険な状態です」
「……あんた、は」
「リーナ。この森に住む薬師です」
「薬師……」
彼はそれだけ言って、意識を手放した。
◇ ◇ ◇
男性を小屋まで運ぶのは大変だった。
身長は百八十を超えているだろう。鎧を脱がせても、鍛え上げられた体は重い。
ミドとフィルの助けを借りて、なんとかベッドに寝かせる。
「きゅう……」
フィルが心配そうに男性の顔を覗き込む。
「大丈夫よ。薬は効いてる。あとは体力の回復を待つだけ」
汚れた鎧を片づけていて、胸の紋章に気づいた。
王国竜騎士団の紋章。しかも──
金の縁取り。これは、団長の証だ。
「竜騎士団長……」
王国最強の騎士団を率いる男。
宮廷にいた頃、噂だけは聞いたことがある。
──アルヴィン・レイゼス。若くして竜騎士団長に就任した天才剣士。
公爵家の三男として生まれたが、実力のみで現在の地位を掴んだ人物。
よりによって、こんな大物が森に倒れているとは。
しかし──宮廷との繋がりが深い人間だ。
私が追放された宮廷薬師だと知られたら……。
「……でも、目の前の怪我人を放っておけるわけがないわ」
薬師として、それだけは絶対に。
ルルが温かいスープを作る手伝いをしてくれた。
と言っても、野菜を刻む私の隣で「もきゅもきゅ」と応援しているだけだけど。
フィルは男性の枕元に座り込んで、ずっと見守っている。
精霊獣が自分から人間に近づくのは珍しい。
「フィル、この人のことが気になるの?」
「きゅう」
こくん、と頷くフィル。
──精霊獣は、人の魂の本質を感じ取ると言われている。
フィルがこの人を気にかけているということは──悪い人ではない、ということだろうか。
夜が更けても、私はベッドの傍を離れなかった。
【万物鑑定】で定期的に容態を確認しながら、必要に応じてポーションを追加投与する。
長い夜だった。
そして──朝日が差し込む頃。
「……」
碧い目が、再び開いた。
「おはようございます。気分はどうですか?」
「……あんたが、俺を助けてくれたのか」
「リーナです。昨日も名乗りましたけど、覚えてないかもしれませんね」
「……いや。覚えている。リーナ──森の薬師」
低い声で、はっきりとそう言った。
「きゅう♪」
フィルが嬉しそうにアルヴィンの顔をぺろぺろ舐める。
「……なんだ、こいつは」
「フィルです。精霊獣のフィアライト。あなたのことが気に入ったみたい」
アルヴィンは、無骨な手でフィルの頭をそっと撫でた。
その不器用な優しさに、なぜか胸が温かくなった。
「──アルヴィン・レイゼス。竜騎士団長だ。……助けてもらった礼を言う」
「いいえ。薬師として当然のことをしただけです」
──こうして。
竜騎士団長と辺境の薬師の、奇妙な同居生活が始まった。




