第三話 鑑定薬師、始めます
辺境の町ルーンベルは、小さいながらも活気のある町だった。
冒険者ギルドがあり、周辺の森で採取や討伐を行う冒険者たちが行き交っている。
ただ、医療設備はお世辞にも充実しているとは言えない。
「治癒ポーション、品切れなんだってさ」
「まじかよ。先週の魔物討伐で怪我人出てるのに」
「王都からの供給が滞ってるらしい。宮廷薬師団がどうとかって」
買い出しに来た雑貨屋で、冒険者たちの会話が聞こえた。
──王都の薬の供給が滞っている?
まさか、私がいなくなったせい?
いや、いくらなんでもそれは考えすぎだろう。宮廷薬師は私以外にも何人もいる。マルグリットだっているし。
「あの、すみません」
声をかけてきたのは、赤毛の若い女性冒険者だった。腕に包帯を巻いているが、その下からまだ血が滲んでいる。
「あなた、薬師さんですか? その道具……」
買い物籠に入れていた乳鉢と乳棒が見えたらしい。
「ええ、薬師です。その腕……診せてもらえますか?」
「えっ、いいんですか!? 町の薬師は高くて……」
包帯を外すと、かなり深い切り傷だった。魔物の爪によるものだろう。
【万物鑑定】。
──傷の状態:裂傷。深さ約一・五センチ。筋繊維の一部が損傷。感染初期段階。推奨処置:紅絹草の粉末で止血後、銀蘭の根エキスで消毒。月光草ベースの治癒軟膏を塗布すれば、三日で完治。
「少し待ってください。すぐに薬を調合します」
籠から薬草を取り出し、その場で手早く軟膏を作る。
紅絹草を砕き、銀蘭の根からエキスを絞り、月光草の搾汁と混ぜ合わせる。
配合比率は【万物鑑定】が示す最適値。温度管理も目視で完璧にわかる。
「はい、これを塗って。痛みもすぐ引くと思います」
「あ、ありがとうございます! あの、おいくらですか……?」
「……そうね、銅貨五枚でいいわ」
「えっ!? 治癒軟膏って普通、銀貨三枚はしますよ!?」
「辺境価格ということで。困ったときはお互い様よ」
赤毛の冒険者──ミラは、目を潤ませながら何度もお礼を言った。
◇ ◇ ◇
その日を境に、口コミが広がった。
「森の薬師さん、腕がすごいんだって」
「安いし、効き目が半端ない」
「ポーションの品質、王都のものより上じゃないか?」
ルーンベルの町から、ぽつぽつと人が訪ねてくるようになった。
冒険者の傷の手当て。
農家の奥さんの腰痛。
子供の風邪。
老人の関節の痛み。
すべて、【万物鑑定】で症状を正確に把握し、最適な薬を調合する。
市販の薬とは比べものにならない効き目に、みんな驚いた顔をする。
「リーナさん、あなた本当にすごいわ。うちの子の熱、一晩で下がったのよ」
「お代はこれで。うちの畑で採れた野菜なんだけど……」
「いいんですか? ありがとうございます」
お代は銅貨数枚か、農作物や手作りの品と交換。
宮廷薬師時代とは比べものにならないほど質素な暮らしだけれど、不思議と満ち足りていた。
「きゅう♪」
フィルが肩の上で嬉しそうに鳴く。
最近、精霊獣たちも患者さんに大人気だ。
「きゃー! なにこの子、ふわふわ!」
「もきゅ♪」
ルルは愛想がいいので、特に子供たちに人気がある。
◇ ◇ ◇
ある日、ギルドの受付嬢クレアが訪ねてきた。
「リーナさん、お願いがあるの」
「なにかしら?」
「最近、ギルドで使う治癒ポーションが不足していて……。定期的に納品してもらえないかしら。品質は、あなたが普段作っているもので構わないわ」
私が「普段作っているもの」は、上位治癒ポーション品質「極上」だ。
それを普通の治癒ポーションの価格で納品するのは──正直、もったいない気もするけれど。
「いいわよ。週に十本くらいなら」
「ほんと!? 助かるわぁ!」
クレアは私の手を握って飛び跳ねた。
「あとね、冒険者たちから『森の薬師リーナ』って呼ばれてるの、知ってた?」
「えっ、そうなの?」
「大人気よ。『あの薬師さんの薬は効く』って。ルーンベルの冒険者たちの生存率、明らかに上がってるんだから」
ちょっと、嬉しい。
宮廷では誰にも認めてもらえなかったのに。
──スキル査定では測れないもの。
目の前の人を助ける力。
それが私の【万物鑑定】の本当の価値だ。
「リーナさん」
「なに?」
「近々、竜騎士団が辺境の巡回に来るらしいわ。大きな魔物の目撃情報があって。もし怪我人が出たら、よろしくね」
「竜騎士団……」
王国最強の騎士団。竜に騎乗して空を翔る精鋭たち。
宮廷にいた頃も、直接関わることはなかった。
「わかったわ。何かあれば、いつでも来て」
「頼りにしてるわ!」
クレアが帰った後、私はなんとなく胸がざわついた。
竜騎士団。
──まさか、宮廷と繋がりのある人が来るわけじゃないよね。
追放されたことがバレたら、面倒なことになりそう。
「きゅう?」
フィルが心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫よ、フィル。なんでもない」
大丈夫。
私はもう宮廷薬師じゃない。ただの、辺境の森に住む薬師。
それでいい。
──そのはずだったのに。
竜騎士団長アルヴィン・レイゼスとの出会いは、私の穏やかな日々を大きく揺さぶることになる。




