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第二話 もふもふたちとの出会い



 森の小屋に住み始めて、三日が経った。


 東壁の板を張り替え、窓枠を修繕し、屋根の隙間を塞いだ。

 【万物鑑定】のおかげで、修繕に使える木材や接着に適した樹脂がすぐに見つかる。我ながら、快適な住処になってきた。


 井戸水の水質も確認済み。ミネラルが豊富で、薬草の煎じ薬を作るにも最適だ。


「さて、今日は薬草の採取をしましょう」


 朝靄の中、私は森へと足を踏み入れた。


 【万物鑑定】が、次々と情報を映し出す。

 薬効のある植物には淡い光の輪が見え、危険な植物には赤い警告が浮かぶ。

 まるで森全体が、私だけの薬草辞典になったみたい。


 月光草を丁寧に摘み、銀蘭の根を掘り出す。

 解熱に効く蒼氷花、止血作用のある紅絹草、滋養強壮の金糸茸──。

 この森だけで、宮廷薬師団が年間で使う薬草のほとんどが揃いそうだ。


「このあたりは魔物の気配が薄いわね。【万物鑑定】で確認……うん、半径五百メートルに脅威なし」


 安心して採取を続けていると──。


 がさっ。


 茂みが揺れた。


「……誰?」


 身構える。

 魔物なら【万物鑑定】で弱点を把握して対処できるけれど、できれば戦闘は避けたい。


 ──と。


「きゅう?」


 茂みから顔を出したのは、真っ白な毛並みの小さな生き物だった。


 狐のような耳に、ふわふわの尻尾が三本。丸い金色の目がきょとんとこちらを見ている。体長は三十センチほど。


 思わず【万物鑑定】を使う。


 ──精霊獣フィアライト。森の精霊が実体化した存在。属性:光。性格:臆病だが好奇心旺盛。人間に対しては警戒心が強く、通常は姿を見せない。好物:魔力を含む甘い果実。危険度:なし。


 精霊獣──!

 図鑑でしか見たことがない。人前に姿を現すこと自体が極めて稀な存在だ。


「……怖がらなくていいよ。私は何もしないから」


 しゃがんで、そっと手を差し出す。


 白い精霊獣は、小さな鼻をひくひくさせて──。


「きゅ!」


 ぴょん、と私の手の上に飛び乗ってきた。


「えっ、い、いいの?」


 もふっ。


 手の中に収まった精霊獣は、信じられないほどふわふわだった。綿菓子みたいに柔らかくて、ほんのり温かい。


「きゅうきゅう♪」


 嬉しそうに鳴きながら、私の掌の上でくるくる回っている。


 ──追加情報:この個体は長期間、魔力の高い人間との接触を求めていた模様。使用者の魔力波長と精霊獣の固有波長が極めて高い親和性を示している。


「私の魔力と相性がいい……ってこと?」


 精霊獣がこくこくと頷いた。まるで言葉がわかっているみたい。


「そっか。……あなた、名前は?」


「きゅう」


「名前、ないの? じゃあ……フィルって呼んでいい?」


「きゅう!」


 フィルは嬉しそうに尻尾を三本ともぶんぶん振った。


 ──こうして、私の森の生活に、最初の同居人ができた。


 ◇ ◇ ◇


 フィルと暮らし始めて数日。

 驚くことが次々と起きた。


 まず、フィルが他の精霊獣たちを連れてきた。


「きゅきゅ!」


 フィルが誇らしげに尻尾を振ると、茂みの中からもぞもぞと──。


「もきゅ」


 まんまるなうさぎのような精霊獣が現れた。淡い桃色の毛並みに、ぴょこんと立った長い耳。体全体がお餅のようにぷにぷにしている。


 【万物鑑定】。


 ──精霊獣モフリア。属性:地。性格:のんびり穏やか。特技:土壌の浄化。植物の成長を促進する魔力を持つ。好物:木の実全般。


「あなたは……ルルね」


「もきゅ!」


 ルルは嬉しそうに耳をぴこぴこさせた。


 さらに翌日には、青い羽根を持つ小鳥の精霊獣ソラ、

 その次の日には、透明感のある緑色の小さなトカゲの精霊獣ミド。


 気がつけば、四匹の精霊獣が小屋に住み着いていた。


「なんだか……にぎやかになっちゃったわね」


「きゅう♪」「もきゅ♪」「ぴぃ♪」「きゅる♪」


 フィルが私の肩に乗り、ルルが膝の上で丸くなり、ソラが頭の上に止まり、ミドが足元でくるくる回る。


 もふもふに囲まれる幸福感。

 これが精霊獣に好かれるということか。


 ──しかも。


「ルル、あなたのおかげで畑の野菜がすごい育ちね」


「もきゅ♪」


 ルルが庭をうろうろするだけで、土壌が浄化され、植物の生育が劇的に良くなった。小屋の裏に作った小さな薬草園は、わずか数日で青々と茂り始めている。


 ソラは周辺の天候変化を教えてくれる。

 ミドは地中の鉱石や水脈の位置を探知できる。

 フィルは──なぜか私の調合を手伝おうとして、瓶を倒す。


「フィル、そこは触っちゃダメ」

「きゅう……」

 しょんぼりと耳を伏せる姿が可愛すぎて、叱れない。


 ◇ ◇ ◇


 精霊獣たちとの暮らしにも慣れた頃。

 私は、本格的な調合室を作ることにした。


 小屋の隣に、石造りの小さな工房を建てる。

 【万物鑑定】で最適な石材を選び、ミドに地盤の強度を確認してもらう。


 作業台は楡の古木から切り出した。

 この木材は魔力の伝導率が低く、薬の調合中に魔力が干渉しにくい。

 ──こういうことがわかるのが、【万物鑑定】の本当の力だ。


 宮廷では「鑑定するだけのスキル」と笑われた。

 でも、素材の最適な使い方がわかるということは、あらゆるものづくりの根幹を握るということ。


 薬草を一つ手に取る。月光草。


 ──月光草。現在の魔力含有量:最大値の九十二パーセント。推奨調合法:冷水抽出(六時間)。組み合わせ最適素材:銀蘭の根(粉末)、蒼氷花の花弁。予想される薬効:上位治癒ポーション相当。


「上位治癒ポーション……普通の薬師なら、レシピ通りに作っても中位が限界なのに」


 【万物鑑定】が示す最適解に従えば、同じ素材でも格段に高い効果の薬が作れる。

 温度、配合比率、投入のタイミング──すべてが「視える」から。


 六時間後。


「……できた」


 小さな瓶に、淡く輝く青い液体が満ちている。


 【万物鑑定】で完成品を確認する。


 ──上位治癒ポーション。品質:極上。傷の治癒速度、通常品の約五倍。骨折・内臓損傷にも効果あり。市場想定価格:金貨十五枚。


 宮廷薬師団が納品する治癒ポーションの品質は、せいぜい「良」。

 私が作ったものは「極上」。


「……もう、あの人たちのことは忘れましょう」


 過去を振り返っても仕方ない。

 ここには最高の素材があり、もふもふの仲間たちがいて、誰にも邪魔されない静かな時間がある。


「フィル、ルル、おやつにしましょうか」


「きゅう!」「もきゅ!」


 調合の合間に焼いた木の実のクッキーを、精霊獣たちと分け合う。

 穏やかな午後の日差しが、小屋の窓から差し込んでいた。


 ──これが、私の新しい日常。

 追放されて、むしろ幸せかもしれない。


 そう思い始めた矢先のことだった。

 森に、予想外の来客が現れたのは。

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