第一話 追放 ~ハズレスキルと呼ばれて~
王宮の大広間に、冷たい声が響いた。
「──リーナ・フェルト。貴女のスキル【万物鑑定】は、本日をもって正式にハズレスキルと認定されます」
壇上に立つエドガー公爵──宮廷薬師団の長が、羊皮紙を読み上げる。その声には、隠しきれない嘲りが滲んでいた。
私は、ただ黙って立っていた。
五年間。五年間、この宮廷で薬師として働いてきた。
誰よりも早く調合を終え、誰よりも効く薬を作ってきた自負がある。
でも──それは、私のスキルのおかげだと、誰も知らない。
「スキル査定の結果、【万物鑑定】は戦闘適性なし、治癒適性なし、生産適性──最低ランク。よって宮廷薬師としての資格を剥奪し、即日退去を命じます」
周囲からひそひそと囁き声が漏れる。
「やっぱりね。あの子のスキル、鑑定するだけでしょう?」
「薬の腕は良かったけど、スキルがハズレじゃあねぇ」
「今どき鑑定だけって……冒険者にもなれないわよ」
──違う。
私のスキルは、ただ名前や等級を見るだけの鑑定じゃない。
【万物鑑定】は、『万物の本質を見抜く』スキル。
薬草なら、最適な採取時期、最高の調合法、組み合わせの相性まで、すべてが視える。
鉱石に宿る魔力の流れも、魔物の体内構造も、空気中に漂う魔素の密度すら、私の目にはすべて情報として映し出される。
でも、それを説明しても、きっと信じてもらえない。
スキル査定の数値には表れない力だから。
「リーナ、残念だったわね」
声をかけてきたのは、同僚のマルグリット。薄い笑みを浮かべている。
彼女のスキルは【薬草培養】。数値上の生産適性は最高ランクだ。
「ま、これからは私があなたの分も頑張るから。安心して?」
──あなたが調合した風邪薬、有効成分が半分しか抽出できていないこと。
先週の解毒剤、毒素の中和率が七割で止まっていること。
全部、私の【万物鑑定】には視えていた。
黙って、私がこっそり調合し直していたことも、あなたは知らないでしょう。
でも、もういい。
「ありがとう、マルグリット。あとは任せるわ」
私は微笑んで、宮廷薬師の証である銀の胸章を外した。
五年間、毎日磨いていた胸章。少しだけ指先が震えた。
でも、振り返らない。
荷物をまとめるのに、一時間もかからなかった。
薬師の道具一式と、何冊かの薬草図鑑。着替えが少々。
五年間の宮廷生活を詰め込んだ鞄は、拍子抜けするほど軽い。
「……さて」
王都の門をくぐり、私は空を見上げた。
秋の空は高く、どこまでも青い。
行き先は、もう決めてある。
王都から馬車で三日。ルーンベル辺境伯領の外れにある、ミレーヌの森。
古い薬草の宝庫として知られるけれど、魔物が多くて人が近寄らない場所だ。
でも、私には【万物鑑定】がある。
魔物の弱点も行動パターンも、すべて視える。
危険な植物と安全な植物の区別もつく。
──むしろ、私にとっては王都よりも住みやすいかもしれない。
「新しい生活、始めましょう」
小さく呟いて、私は歩き出した。
◇ ◇ ◇
馬車を乗り継いで三日。
辺境の小さな町ルーンベルに着いた私は、町外れの雑貨屋で最低限の生活用具を買い込み、森へと向かった。
ミレーヌの森は、噂通りの深い森だった。
鬱蒼とした木々が空を覆い、足元には苔むした岩が転がっている。
──でも。
「わぁ……」
【万物鑑定】を通した森の景色は、まるで宝石箱だった。
足元の苔に混じって、希少薬草『月光草』が群生している。
あの木の根元に生えているのは、解毒の特効薬になる『銀蘭』。
岩陰に見えるのは──嘘でしょう、『竜涙石』? 王都の市場に出れば金貨百枚は下らない希少鉱石じゃない。
私の目に、情報が次々と流れ込んでくる。
──月光草。採取適期:満月の夜。魔力含有量は昼間の三倍。乾燥させると効能が落ちるため、生のまま調合すべし。
──銀蘭。根に含まれるアルカロイドが毒素を分解。ただし、花弁には微弱な麻痺成分あり。採取時は根のみを使用すること。
「ここ……すごい場所ね」
宮廷にいた頃は、納入業者から仕入れた薬草しか使えなかった。
しかも、採取からの日数や保管状態で品質はバラバラ。
それを【万物鑑定】で確認して、調合法を調整するのが日課だった。
でも、ここなら。
最高の素材を、最高の状態で、自分の手で採れる。
薬師として──これ以上の環境はない。
森の奥に進むと、小さな小屋を見つけた。かつて薬草採りが使っていたものだろう、壁と屋根はまだしっかりしている。
【万物鑑定】で確認する。
──構造:木造。築年数約十五年。主要柱に腐食なし。屋根材は魔獣の鱗を混ぜた特殊瓦。防水性良好。修繕箇所:東壁の板三枚、窓枠一箇所。
「直せば十分住めそうね」
私は鞄を下ろして、腕まくりをした。
宮廷を追い出されたばかりだけれど、不思議と心は軽い。
もう、誰かの評価を気にしなくていい。
スキルをハズレだと笑われることもない。
ここで、自分らしく生きていこう。
──このとき私は、まだ知らなかった。
この森が、私の人生をまるごと変えてしまうことを。
そして、あの人と出会うことになることを。




