表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第一話 追放 ~ハズレスキルと呼ばれて~



 王宮の大広間に、冷たい声が響いた。


「──リーナ・フェルト。貴女のスキル【万物鑑定】は、本日をもって正式にハズレスキルと認定されます」


 壇上に立つエドガー公爵──宮廷薬師団の長が、羊皮紙を読み上げる。その声には、隠しきれない嘲りが滲んでいた。


 私は、ただ黙って立っていた。


 五年間。五年間、この宮廷で薬師として働いてきた。

 誰よりも早く調合を終え、誰よりも効く薬を作ってきた自負がある。

 でも──それは、私のスキルのおかげだと、誰も知らない。


「スキル査定の結果、【万物鑑定】は戦闘適性なし、治癒適性なし、生産適性──最低ランク。よって宮廷薬師としての資格を剥奪し、即日退去を命じます」


 周囲からひそひそと囁き声が漏れる。


「やっぱりね。あの子のスキル、鑑定するだけでしょう?」

「薬の腕は良かったけど、スキルがハズレじゃあねぇ」

「今どき鑑定だけって……冒険者にもなれないわよ」


 ──違う。

 私のスキルは、ただ名前や等級を見るだけの鑑定じゃない。


 【万物鑑定】は、『万物の本質を見抜く』スキル。

 薬草なら、最適な採取時期、最高の調合法、組み合わせの相性まで、すべてが視える。

 鉱石に宿る魔力の流れも、魔物の体内構造も、空気中に漂う魔素の密度すら、私の目にはすべて情報として映し出される。


 でも、それを説明しても、きっと信じてもらえない。

 スキル査定の数値には表れない力だから。


「リーナ、残念だったわね」


 声をかけてきたのは、同僚のマルグリット。薄い笑みを浮かべている。

 彼女のスキルは【薬草培養】。数値上の生産適性は最高ランクだ。


「ま、これからは私があなたの分も頑張るから。安心して?」


 ──あなたが調合した風邪薬、有効成分が半分しか抽出できていないこと。

 先週の解毒剤、毒素の中和率が七割で止まっていること。

 全部、私の【万物鑑定】には視えていた。

 黙って、私がこっそり調合し直していたことも、あなたは知らないでしょう。


 でも、もういい。


「ありがとう、マルグリット。あとは任せるわ」


 私は微笑んで、宮廷薬師の証である銀の胸章を外した。


 五年間、毎日磨いていた胸章。少しだけ指先が震えた。

 でも、振り返らない。


 荷物をまとめるのに、一時間もかからなかった。

 薬師の道具一式と、何冊かの薬草図鑑。着替えが少々。

 五年間の宮廷生活を詰め込んだ鞄は、拍子抜けするほど軽い。


「……さて」


 王都の門をくぐり、私は空を見上げた。

 秋の空は高く、どこまでも青い。


 行き先は、もう決めてある。

 王都から馬車で三日。ルーンベル辺境伯領の外れにある、ミレーヌの森。

 古い薬草の宝庫として知られるけれど、魔物が多くて人が近寄らない場所だ。


 でも、私には【万物鑑定】がある。

 魔物の弱点も行動パターンも、すべて視える。

 危険な植物と安全な植物の区別もつく。

 ──むしろ、私にとっては王都よりも住みやすいかもしれない。


「新しい生活、始めましょう」


 小さく呟いて、私は歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 馬車を乗り継いで三日。

 辺境の小さな町ルーンベルに着いた私は、町外れの雑貨屋で最低限の生活用具を買い込み、森へと向かった。


 ミレーヌの森は、噂通りの深い森だった。

 鬱蒼とした木々が空を覆い、足元には苔むした岩が転がっている。


 ──でも。


「わぁ……」


 【万物鑑定】を通した森の景色は、まるで宝石箱だった。


 足元の苔に混じって、希少薬草『月光草』が群生している。

 あの木の根元に生えているのは、解毒の特効薬になる『銀蘭』。

 岩陰に見えるのは──嘘でしょう、『竜涙石』? 王都の市場に出れば金貨百枚は下らない希少鉱石じゃない。


 私の目に、情報が次々と流れ込んでくる。


 ──月光草。採取適期:満月の夜。魔力含有量は昼間の三倍。乾燥させると効能が落ちるため、生のまま調合すべし。

 ──銀蘭。根に含まれるアルカロイドが毒素を分解。ただし、花弁には微弱な麻痺成分あり。採取時は根のみを使用すること。


「ここ……すごい場所ね」


 宮廷にいた頃は、納入業者から仕入れた薬草しか使えなかった。

 しかも、採取からの日数や保管状態で品質はバラバラ。

 それを【万物鑑定】で確認して、調合法を調整するのが日課だった。


 でも、ここなら。

 最高の素材を、最高の状態で、自分の手で採れる。


 薬師として──これ以上の環境はない。


 森の奥に進むと、小さな小屋を見つけた。かつて薬草採りが使っていたものだろう、壁と屋根はまだしっかりしている。


 【万物鑑定】で確認する。


 ──構造:木造。築年数約十五年。主要柱に腐食なし。屋根材は魔獣の鱗を混ぜた特殊瓦。防水性良好。修繕箇所:東壁の板三枚、窓枠一箇所。


「直せば十分住めそうね」


 私は鞄を下ろして、腕まくりをした。


 宮廷を追い出されたばかりだけれど、不思議と心は軽い。

 もう、誰かの評価を気にしなくていい。

 スキルをハズレだと笑われることもない。


 ここで、自分らしく生きていこう。


 ──このとき私は、まだ知らなかった。

 この森が、私の人生をまるごと変えてしまうことを。

 そして、あの人と出会うことになることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ