第7話 惹かれ合う二人
昨日の夜は家に帰ってからも胸の高鳴りが止まらなかった。
借金の債権者が河内さんになった上に、恋人になって、私の頭はパンクしていた。
翌日の朝──
いつものように出勤したけれど……緊張する!!
震える手で副社長室をノックした。
「はい」
「ふ、藤田です!」
「入れ」
いつもと変わらない河内さんの声。
「お、おはようございます……!」
パソコンで真剣な顔でメールを打っている河内さん。
何事もなかったかのように……。
「おはよう」
私は資料を渡しに近づいた。
「こちら、作成した資料です。ご確認ください」
私も仕事では切り替えようと気持ちを引き締めた。
「ああ」
書類を渡す瞬間、指先が触れた。
心臓がまた跳ね上がった。
「失礼しました……」
平静を装いつつ、副社長室を出ようとすると。
「無理して平静を装ってるのが丸わかりだ」
バレていた。いや、もうこの人に隠し事は通用しないのかもしれない。
「仕事に集中できないくらい俺の事で頭がいっぱいなのか……」
「いえ……色々重なってまだ気持ちの整理ができてないんです」
河内さんが立ち上がった。
「じゃあ、今日俺の家に来い」
「え!?」
それじゃ逆効果だ……!!
そのまま河内さんは外出してしまった。
* * *
仕事が終わった後、私は河内さんの家に行った。
インターホンを押すと、玄関が開いたその先には――
シンプルで落ち着いた色の着物を着た河内さんがいた。
「え?河内さん、なんで着物着てるんですか!?」
河内さんはスーツの時と違って、落ち着いた色気を醸し出していた。
「とにかく上がれ」
いつもと違う雰囲気の河内さんにドキドキしながら案内された部屋に行った。
そこは、和室だった。
そして、そこには茶道の道具らしきものが一式揃えられていた。
「河内さん、茶道をやってるんですか!?」
まさかそんな趣味があるとは!!
「そこに座れ」
私は河内さんに言われた場所に正座した。
「あの……私、何も作法がわからないんですが……」
「黙って見ているだけでいい」
河内さんは慣れた所作で茶道のお点前をしている。
静かな空間に茶筅の音が微かに響いた。
そして茶碗が差し出された。
「飲んでいいんですか?」
河内さんは頷いた。
私は河内さんが立ててくれたお茶をゆっくり飲んだ。
「美味しいです!」
着物姿の河内さんにお茶を立ててもらえる幸せに浸っていた。
「お前もやれ」
「はい?」
「お前もこのくらいできるようになれ」
「なんでですか?」
「心が落ち着くからだ」
確かに、河内さんのお点前を見ていたらとても気持ちが落ち着いた。
「茶道の件は前向きに検討してみます」
その後、茶菓子を見せてくれて、何個か食べさせてもらった。
「あー!幸せです!満足です!」
立ち上がろうとしたら足が痺れてよろけてしまった。
河内さんが咄嗟に抱き止めてくれた。
「すみません……ありがとうございます」
そのまま河内さんの腕の中に――
「俺は満足してない」
そうだ、私たちは恋人なんだ……。
「どうすればいいですか?」
河内さんは少し考えていた。
「まず、俺の事をもっと知った方がいい」
「はい!知りたいです!」
私はその時、盛大な勘違いをしていた。
「知る」というのは河内さんの素性ではなくて、河内さんという人間そのものだった。
男を知らない私に、河内さんは教えてくれた。
知った時、心が折れそうになった。
「無理です、怖いです!!」
「ただ見せてるだけだ……」
でも、私はこの人の事をもっと知りたいし、恋人としてちゃんと向き合いたい。
返さないといけないものもたくさんある。
だから、これからも頑張る。
* * *
──帰りの車の中
「今度、馴染みの人が開いている茶道教室に連れていく。優美も着物を着せて連れていく」
「え!私、着付けできませんよ!?」
「俺が着付ける」
「いえ、自分でなんとかします」
また新しい世界に一歩踏み出す事にした。
◇
──次の日
今度河内さんに茶道教室に連れて行ってもらえるのが楽しみで、気合を入れて仕事をこなそうとしていた。
しかし、河内さんは数日出張に行ってしまった……。
寂しい……一人きり。
河内さんがいなければ、この会社で私はひとりぼっちだ。
でも仕事なんだから、そんなこと言ってられない。
指示されていた資料作成をしていたら、通称企画開発部の部屋のドアをノックされた。
「え、だれ……?」
河内さん以外にここに入る人はいない。
恐る恐る私はドアを開けた。
すると、そこにいたのは、ニコニコした笑顔を浮かべた男の人だった。
「おはようございまーす!」
テンションが高めの人だった。
すらっと背が高くて、河内さんほどじゃないけどイケメンだった。
「何かご用でしょうか……?」
突然謎の男の人の来訪に怯えていた。
「あなたが藤田さん?」
「はい、そうですが……」
なんなんだろう……。
「副社長の命令で今日からここに一時的に配属になった、永瀬でーす!」
「え!今日から配属!?」
そんなの聞いてない!
「安心して。私、女の子に興味ないから」
「私」……?
「どういう事でしょうか……?」
「俗にいう、トランスジェンダーってやつ」
トランスジェンダーって確か、体と心の性別が違う人のことだったかな……。
永瀬さんは他の従業員と一緒にデスクや椅子やパソコンを持ってきた。
そして永瀬さんの席がこの部屋にできた。
「副社長の命令ってのはなんですか……?」
永瀬さんはパソコンを立ち上げてセットアップしていた。
「藤田さんを一人にするのが不安だから、護衛を頼まれたの。私は見た目は男だから利用されてるのよね……」
複雑そうな表情をしていた。
「副社長と仲がいいんですか?」
「前の職場で知り合ったの。その時上司のパワハラでしんどくて……それを目の当たりにした彼が声をかけてくれたの」
河内さんは私以外にも、そういった人を助けていたんだ。
ふと河内さんの姿を思い出して胸がぎゅっとなった。
「あなたもそんな感じでしょ?」
永瀬さんは優しい笑みを浮かべた。
「あの人に出会えた私達はラッキーよ」
そうなのかもしれない。
あの人がいなかったら、私はもうとっくにこの会社は辞めていた。
そのまま河内さんが戻ってくるまでの数日、永瀬さんと仕事をしながらいろんな話をして、充実した時間を過ごした。
そして、やっと河内さんが帰ってきた──
朝いきなり企画開発部のドアがバン!と開かれて驚いた。
河内さんは真っ直ぐに私の方に来た。
そして、永瀬さんの方を向いた。
「暫く席を外せ」
永瀬さんはやれやれといった感じで部屋を出て行った。
数日ぶりの河内さん。
胸がキューンと苦しくなった。
「お帰りなさい」
河内さんは私のことをぎゅっと抱きしめてくれた。
「仕事中にすまない。会いたかった、ずっと」
「私もです」
涙が出そうなくらい心が震えた。
その時ドアをノックされた。
「私はいつまでここで待たされるの?」
永瀬さんがやや不機嫌だった。
その後私は永瀬さんに謝って、永瀬さんは呆れた表情をしていたけど……
「藤田さん、溺愛されてるね。重そうな男に」
河内さんは永瀬さんを睨んだ。
「もう戻っていい」
クスクス笑って、その日に永瀬さんは元の部署に戻った。
「大丈夫だったか?あいつといて」
「とても楽しかったですよ。河内さんも信頼してるから永瀬さんをここに呼んだんですよね?」
河内さんは少し恥ずかしそうな顔をして、副社長室に戻った。




