第27話 指輪
やっと借金の返済が終わって、いつも河内さんに言っていた
『借金を返したい』
それを言う必要がなくなった。
私は借金を抱えた残念なOLじゃなく、普通のOLになることができた。
やっとこの人と対等な関係になれた。
それが心から嬉しかった。
ここからがスタートと思ってすぐ、結婚というパスをすかさず河内さんは渡し、私はそのままそれを受け止めた。
もしかして予想してた?
「河内さん、わかってたんですか?」
フッと上から目線で微笑んでいる。
「ここにはるばる二人で来るということは、そういうことかと思っていた。そして、それが当たった場合はすぐに結婚のことを言うつもりでいた」
流石隙がない。
結婚か……。
自分で返事をして実感が湧かない。
「よし、あそこに行こう」
河内さんはまた車を発進して次の目的地に向かった。
そこは……高級ジュエリーショップ。
こんなところ、ただ雑誌で見るレベルの場所だった。
なんの迷いもなく入った河内さんに店員がついた。
キラキラしたシャンデリアに高級な内装、高いジュエリー、圧巻だった。
そして、応対室でカタログを見せられた。
「優美はどれがいい?」
ぼーっとカタログの指輪の値段を見ていた私に、河内さんが質問してきた。
「え!えーと……」
そんな、こんなお金……もったいない!!
その時、手をそっと握られた。
「余計なことを考えないで、好きだと思うデザインをただ言えばいい」
私はカタログを見渡して、ピンクの宝石がついた可愛い指輪を選んだ。
「じゃあこれだな」
その後、指輪のサイズを確認して、それを河内さんが注文した。
「ちょっと待ってて」
その後、河内さんは店員とまた話していた。
* * *
家に帰った後、河内さんに抱きしめられた。
「長かった……」
「はい、待たせてごめんなさい」
その幸せを二人でずっと感じていた。
「あ、これつけておいて」
河内さんから渡されたのは、指輪だった。
「え……?」
「婚約指輪が届くまでこれをつけておけ」
指輪を注文したのに、指輪をまた買ってた河内さん。
婚約指輪の前に渡される指輪って何なの!?
プレ婚約指輪??
私はその指輪をはめられた。
「これで余計な虫がつかないな」
河内さんは捕まえた獲物を逃すまいと必死な獣に見える。
束縛と独占欲と執着と重い愛……
息苦しい時もあるけど、私はこの人といると幸せなんだ。
「うちの両親は特に何も言いませんが、河内さんのご家族は、認めてくれませんよね……」
「認めなくてもいい。俺が認めてるんだ」
そうだ、私たちの関係が認められなくても、この人が認めればそれでいいんだ。
これは私たちの人生なんだ。
私の不安は自信に変わった。
◇
次の出勤日、私は指輪をつけて会社に行った。
デスクに着く前にまた秋月さんと視線があった。
胸が少しざわついたけど、私の心に迷いはなかった。
何もなかったかのようにまた仕事をする。
そして、お昼休憩に同じグループの先輩たちとご飯を食べる。
「あ、秋月さん会社辞めるみたいだよ」
え……?
「えーーー!」
もう一人の先輩が大きな声で不満を言う。
「モチベ下がる!!」
「次の上司変な人だったらすごい嫌なんだけど……」
「なんで辞めるんだろうね」
「離婚したから?よくわからないけど」
その時、先輩たちの視線が私の指輪に向いた。
「え、藤田さん彼氏いるの!?」
「この指輪、雑誌で見たことあるんだけど……」
「すごい羨ましい」
その後いろいろ詮索されたけど、適当に答えた。
私はお昼を食べ終わった後、秋月さんの退職理由が気になって仕方なかった。
でも、聞いてしまうとまた心がざわつくかもしれないから、このままよくわからないままにすることにした。
その時——
「藤田さん」
振り返ると秋月さんがいた。
「ちょっと話していい?」
私はゆっくり頷いた。
その後、私たちはフロアの片隅で窓の外の景色を見ていた。
「俺、会社辞めるんだ」
「知らなかったのでびっくりしました」
やっぱり辞めるのか……。
「妻と離婚が成立した後に、もう辞めようと決めていた。でも、藤田さんが現れた時、かなり迷った」
遠くを見る秋月さんの顔はどこか寂しそうだった。
「でもやっぱりここにいると、思い出に縛られるから、決心したんだ」
秋月さんは私の指を見た。
「彼氏と結婚が決まったの?」
「はい。気持ちが固まったんです」
「そうか……」
秋月さんは俯いていた。
「藤田さんのこと、ちょっと押してみたけど、全然動かなくて根負けした」
ほんの少し、心が揺らいだのは自分では認めたくないけど、本当だ。
でも河内さんと離れる気は全くなかった。
「次の職場は決まってるんですか?」
「地元の企業で働くよ」
じゃあこの人と会うことはもうない。
「藤田さん、幸せになってね。それが俺からのお願い」
「はい……頑張ります」
私は幸せになりたい。
河内さんと一緒に。
「藤田さんの笑顔もっと見たかったな」
秋月さんは私の顔を覗き込んだ。
少しイタズラな笑顔。
「俺といると警戒してるからさ」
「すみません」
恋とか関係なくこの人と仲良くなれれば、きっといい関係になれたかもしれない。
「……営業スマイルならいいですよ」
私はラウンジで培った笑顔を秋月さんに見せた。
「ああ、やっぱり“さくら”さんだ。今度指名しよ」
その時、二人で笑った。
それは本当の笑顔だった。
出会いと別れを繰り返して、私はだんだんと強くなっていく。
私はもう迷わない。
* * *
その日、河内さんが仕事終わりに車で迎えに来てくれた。
「お仕事大丈夫なんですか?」
「今日は特に予定がなかったから問題ない」
会社の社長が、他の会社の平社員を迎えに来ていると考えると申し訳なかった。
「あの男とはどうなった?」
河内さんは少し心配そうな表情をしていた。
「しっかり終わらせてきました」
「……そうか」
何か言いたそうだったけど、その後河内さんはこのことについては何も言わなかった。
でも、家に帰った後、私を強く求めた。
「優美……愛してる」
「私もです」
私たちの心は強く、固く結ばれた。
もう二度と解けることがないように。




