第25話 魔除け
急いで家に帰ってきた私は、エプロンをつけて気合を入れた。
今日は河内さんのために晩御飯を作る!
私は買ってきた具材を使ってパエリアを作っていた。
本当は料理はあまり得意じゃないけど、少しでも喜んでもらいたい。
料理を作り終わったタイミングで河内さんが帰ってきた。
私は玄関に直行した。
「おかえりなさい」
河内さんの疲れた表情が一変した。
突然抱きしめられた。
「早く結婚しよう。いつまで待たせるんだよ」
「すみません……」
「何を迷っている」
それは——
「まだ借金返せてないんで……」
河内さんの表情が曇った。
「まだ言うのかそれを」
だって、借金を肩代わりしてもらったまま結婚なんて、やっぱり無理だ。
親もきっといい気分じゃない。
「家賃がもうかからないので、前よりもっと多く返済できます!」
「だからいらないんだよ……」
落ち込んだ河内さんのジャケットを受け取って、料理を食べてもらった。
その後、不貞腐れた河内さんの肩を揉んでいた。
「強情なやつだ……」
「すみません」
振り返った河内さんにキスをされた。
「でも好きなんだよ」
胸がぎゅっとなる。
「ありがとうございます」
私はこんなに愛されて幸せ者だ。
「……そうか。もうこうなったら既成事実を作ろう」
「え?」
河内さんが距離を縮めてきた。
「既成事実って……」
嫌な予感がした。
ソファに倒され、襟元に河内さんの手が触れた瞬間、その手を掴んだ。
「それはダメです!!」
「いつかその日がくる。それが早まるだけだ」
「私はまだ決めてないです!」
この男恐るべし……!
押し問答をしてやっと解放された。
「待つって言ってたのに!」
「待ってるのに早く答えを出さないからだ」
その後気持ちを切り替えて、河内さんにウィスキーを用意して渡した。
「……あの男は今日どうだった」
秋月さんのことか……。
「プライベートで関わるつもりはないと言いました」
「それで大人しくなるといいが……。エスカレートするなら俺が出る」
河内さんが出てくるとあの会社にいづらくなる!
「大丈夫です。エスカレートしたら然るべきところに言うので」
その瞬間、河内さんの唇が首元に触れた。
少し痛みが走った。
まさか……。
私は急いで鏡を見に行った。
くっきりと、痕がついていた。
「なんでこんなことするんですか!」
「魔除けだ」
勝手に暴走する河内さんに疲れて、私はその後すぐ寝た。
この魔除けが逆効果になることとは知らずに……。
◇
あの日から私は秋月さんとは最低限の会話しかしなかった。
エスカレートしなくてホッとしていた。
平和な毎日が続いたのも束の間……
トラブル対応に巻き込まれて、その日は残業になってしまった。
「すみません、今日なんとか仕事終わらせてから帰ります」
私は秋月さんに残業申請をした。
「俺も手伝うよ」
え……
ノー残業デーだからか社員がどんどん帰っていく。
嫌な予感しかしない。
「一人で大丈夫です!」
「一緒にやった方が早く終わる」
上司の指示だから仕方ない。
それはそれ、これはこれだ。
暫く二人で無言で仕事をしていた。
もう社員は私たちしかいない。
ふと秋月さんを見ると、顔色が悪かった。
「あの……秋月さん大丈夫ですか?」
「うん」
「あとは私がやるので!」
「大丈夫だから気にしなくていい」
でも……
とりあえず私は急いで終わらせた。
「残りの入力終わりました。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
秋月さんは相変わらず調子が悪そうだった。
「同じグループの社員同士なんだから、他人行儀にするなよ」
秋月さんが立ち上がった瞬間、傾いて倒れそうになった。
私は咄嗟に受け止めた。
「秋月さん無理しないでください」
体が熱い。
「受け止めてくれてありがとう。でももう大丈夫だよ」
「でも……」
秋月さんは目線を逸らした。
「自制が効かなくなるから離れた方がいい」
私はびっくりして後退りした。
どういうこと……?
秋月さんは私の首元を見ている。
「それずっと気になってたよ」
まさか……
確認したら、少し見えていた。
いつからだろう。
「それを見たら……嫌でも連想する」
「以後気をつけます……」
最悪だ。
「もしかして、彼氏に知られちゃったかな。俺のこと」
私は何も言えず俯いていた。
「わかってるよ。あくまで同じ会社の人間同士でそれ以上でもそれ以下でもない。
ただ……どうしても惹かれてしまう自分がいる」
秋月さんの顔は険しかった。
「彼氏に嫉妬しているよ。ただの上司なのに」
その後、私の横を通り過ぎて、身支度を整えて秋月さんは帰った。
毅然としなきゃ。
何を言われても、絶対揺らいじゃダメ。
私は必死に自分に言い聞かせた。




