第21話 二人の絆
数日後、河内さんがまた北海道に来てくれた。
この日私は河内さんをある所に連れて行こうとしていた。
そしてそれを前もって伝えていた。
ホテルのロビーで待っていると、スーツを着た河内さんが来た。
手には見覚えのある紙袋を持っている。
「優美」
河内さんは私に紙袋を差し出した。
「持ってきた」
中を覗くと、淡いピンクの着物が入っていた。
あの時河内さんが買ってくれた、思い出の着物。
「着てくれ」
河内さんの目は真剣だった。
「……はい。自分で着付けします」
私は紙袋を受け取った。
* * *
客室で一人、鏡の前に立った。
丁寧に着物を着付け、帯を締める。
三年間の積み重ねが、迷いを消し去っていく。
あの時は手伝ってもらわなければ着られなかった着物も、今では一人でちゃんと着ることができる。
「お待たせしました」
扉を開けると、既に着物に着替えた河内さんが短く息を呑んだ。
「……あの頃と少し変わったな」
その一言で、背筋がすっと伸びた。
三年前と変わらない、河内さんの優しい瞳。
「行きましょう」
私は自然に微笑むことができた。
* * *
茶道教室の引き戸を開ける。
先生がこちらを見て、やわらかく微笑んだ。
「藤田さん。素敵な方とお知り合いなのね」
河内さんは私の背にそっと手を添えた。
「宜しくお願いします」
私たちは席に着いた。
私は畳に膝をつき、袱紗をさばいて茶道具を清めた。
茶杓を置く音が、静けさに響く。
手は、もう震えない。
あの時は当たり前のことすら何もわかってなかった。
茶碗をそっと差し出すと、河内さんが両手で受けた。
河内さんは一口飲んで、少し沈黙した。
次の瞬間、低い声で言った。
「……ちゃんと続けてたんだな」
「はい」
これが私なりに河内さんとの絆を繋ぐ方法だった。
「もし次会えた時、驚かせたかったので」
少し恥ずかしくなってしまった。
「正解だったな」
河内さんの目の奥は暖かかった。
先生が頷いた。
「藤田さんは本当に頑張られました」
胸の奥がじんと熱くなる。
私は深く頭を下げた。
* * *
お稽古が終わった後、私は先生に伝えた。
「先生、近々引っ越すことになりました。長い間、本当にお世話になりました」
「寂しくなるけれど……またいつでも帰ってきてくださいね。あなたはここの大切な生徒さんですから」
先生の声は変わらず穏やかで、優しかった。
「はい!」
廊下に出ると、河内さんが待っていた。
戸が静かに閉まる音。
その後二人で帰り道をゆっくりと歩いていた。
「優美」
呼ばれて、足が止まった。
「逞しくなったな」
「はい!もっと強くなりたくて」
ふと視線が合った時、周囲に誰もいないことを確認したあと、私たちはこっそりキスをした。
◇
「藤田さん、東京に行っても元気でね」
私はここでの仕事の最後の日を迎えた。
会社の人たちが送別会を開いてくれて、この三年間の思い出を振り返っていた。
「藤田さんお酒飲まないの?」
「すみません……アレルギーなんです」
聞かれるたびに申し訳なくなる。
「そうなんだ!私も大豆がダメなの。小さい時よく病院に運ばれたよ」
こうやって寄り添ってもらえると、とても救われる。
私もこういう人間でいようと心に決めた。
「藤田さん、体に気をつけて頑張ってね!」
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
社員の人たちと別れを告げて、外に出た。
この三年間、私を支えてくれた人たち。
みんなに感謝の気持ちでいっぱいだった。
するとスマホに着信があった。
「終わったか」
河内さんだった。
「はい!今終わりました」
「じゃあそこで待っていろ」
私は、明日河内さんの家に引っ越す。
早すぎるかもしれないけど、河内さんは一刻も早く来いと言っていた。
明日のお昼にはもう河内さんの家の住人になる。
少し緊張するけど、楽しみでもある。
待ち合わせ場所で待っていると、河内さんが車で迎えに来てくれた。
「お疲れ様でした」
「ああ」
河内さんは心なしか嬉しそうだった。
「あの……家の前で降ろしてくれればそれでいいので」
「いや、中を見たい」
河内さんは私の生活を見てみたいようで。
私は仕方なく、段ボールまみれの部屋に河内さんを上げた。
二階建てアパートの一階。
決して広くはないけれど、三年間私を守ってくれた大切な場所だった。
「三年間ここで一人で暮らしていたのか」
河内さんは部屋を見渡して呟いた。
「はい。ここは雪があまり降らない場所で助かりました」
「そうか……」
河内さんは少し複雑そうな表情をした。
「あの時は凄い雪だったな」
あの時。
大雪の中、二人で古い温泉旅館に泊まった夜。
河内さんに「一緒にどこかで暮らさないか」と突然言われた夜。
あの時の私は、その意味がよくわからなくて、戸惑うばかりだった。
でも今なら、河内さんの気持ちがわかる。
「結局、河内さんの家に住むことになりましたね」
「結果的に俺の願いは叶った訳だ」
河内さんは少し微笑んだ。
今日が北海道で最後の夜。
私の大切な思い出の地。
「また来たいです。ここに」
「そうだな」
河内さんは頷いた。
「新婚旅行は北海道にするか」
え?
「ちょっと待ってください、いきなりそんなこと言うと、びっくりするじゃないですか!」
顔が一気に熱くなった。
「いきなり……?もう今更余計なことを考えるな」
河内さんは真剣な表情で私を見つめた。
「覚悟を決めて来るんだろう?」
その瞳に、私の心臓が高鳴る。
確かに私は覚悟を決めて戻る。
河内さんと一緒に生きていく覚悟を。
「はい。もちろん、ちゃんと考えてますよ」
心の準備がまだ完全にはできていないというだけで。
「あの、もうホテルに行って休みませんか?早朝に引っ越しのトラック来ますし」
「そうだな」
私は玄関で靴を履いた。
この部屋ともお別れ。
三年間、ありがとう。
「優美」
振り返ると、河内さんが真剣な顔で私を見つめていた。
「はい?なんですか?」
河内さんは一歩私に近づいた。
「結婚しよう」




