第20話 私の未来
目を開けると、窓の向こうはまだ白かった。
カーテンの隙間から差す光が、薄く部屋を照らしている。
河内さんはもう起きていて、スーツの上着を片手に、窓際で雪を見ていた。
「……本当は、今すぐにでも東京に戻ってきてほしい」
振り返らずに言った声に、胸が苦しくなった。
「でも、無理にとは言えない。今度は、お前の心が決まるまで待つ」
テーブルに名刺が一枚置かれた。
裏には電話番号が手書きで添えてある。
「ありがとうございます……」
自分が断った繋がりが、また再び戻ったみたいで嬉しかった。
「……ただ、三年待った。もう、限界なんだ」
振り返った瞳は、いつもの強さとは違って、まっすぐで弱々しかった。
「これ以上、お前なしでうまくやれる自信がない。強がるのも、疲れた」
おそらく誰にも見せない顔だった。
河内さんも、一人で頑張ってたんだ。
私だけじゃなかった。
「……考えます。でも、もう逃げたりはしません。私がもっと強かったら……」
この人をこんなに苦しませなくて済んだ。
そう言うと、河内さんは私の手をそっと包んだ。
「待つ。だから、必ず戻ってこい。俺のところに」
頷くと、彼はようやく上着に袖を通した。
ドアの前で一度だけ振り返る。
「ごめん。苦しかったのに、気づけなかった」
扉が静かに閉まった。
残された部屋で、名刺に書いてある電話番号をスマホに登録した。
短いメッセージを送る。
『来てくれてありがとうございます。優美』
三年離れてわかった。
私たちの気持ちは変わらない。
ずっと繋がっている。
河内さんは、置き去りにした私を探しに来てくれた。
私は今度こそちゃんと決めないといけない。
自分の未来を。
* * *
「申し訳ありません、家庭の事情で、今月いっぱいで退職します」
私は上司に頭を下げた。
上司は難しい表情をしていた。
「藤田さんはとても良く頑張ってくれて、とても支えられていたから残念だよ」
「いえ……私の方がここの職場に救われていたんです」
河内さんと離れた三年間、なんとかやってこられたのも、この職場の人たちのおかげだ。
「実家に帰るの……?」
「いえ……別のところに」
「次の職場は決まってるの?」
「いえ、まだです。これから探そうと思ってます。」
「どこか教えてくれれば、うちの会社の別の支店が近くにあるか調べてあげるよ。そしたら辞めなくてすむからね。」
優しい……!
ここに就職できて本当によかった。
私は引っ越し場所を伝えた。
上司が調べたところ、運よく通勤圏内に別支店があった。
「じゃあ、人事に言っておくよ」
「ありがとうございます!」
涙があふれそうになった。
「じゃあ、それまでまた宜しくね」
悩んでいた就職先問題は解決した。
私はその後は通常業務をいつも通りにこなしていた。
* * *
仕事が終わった後スマホを見たらすごい通知の数だった。
全部河内さんだった。
とりあえず折り返し電話をかけた。
通話がつながった瞬間──
「なんで電話にでなかった」
いきなり三年前に戻ったかのようだった。
「仕事をしていたんです」
「仕事しててもスマホぐらい見られるだろう」
「接客なんでできません」
主に事務所に来たお客様対応が多かったから、なかなか見られなかった。
「接客……?」
「はい……不動産会社の事務をやってまして」
「そうか……」
河内さんが頭の中でもやもやしているのがなんとなくわかる。
「……ところでいつ引っ越してくるんだ」
「異動が決まり次第引っ越し準備をします」
「異動……また働くのか。うちの会社に戻らないのか?」
「戻りません。同じ轍は踏みたくないので」
「……わかった」
本当は仕事中も側にいてほしいと思ってるのも伝わる。
「でも俺はそんなに長くは待てない」
私は再会した日から色々考えて、河内さんの元に帰ることを決めた。
でもあの会社に戻る気はなかった。
だから、せめて一緒に暮らそうと思った。
でも、ただ一緒に住むんじゃなくて、私はちゃんと自分の足で立ちたかった。
なぜならまだ借金を返し切れていないのと、ただ甘やかされているのは性に合わないからだ。
「今度またそっちに行く」
「え、また来てくれるんですか?」
じゃあその時は──
私は河内さんをあの場所に連れて行こうとした。




