第14話 閉ざされた夜
翌週、出張で向かった北海道は、予想以上の大雪だった。
「こんな天気になるなんて……」
空港のロビーで、私は不安そうに外を見つめていた。
外は一面真っ白だ。
河内さんはスマホで何かを確認していたけれど、いつもと様子が違う。
今朝からなんとなくおかしかった。
「河内さん、大丈夫ですか?」
「……ああ」
やっぱりいつもと違う。
案内板を見ると、「運休」「欠航」の文字が並んでいる。
「これじゃあ、他の交通機関も麻痺してますよね……」
「車を借りる」
河内さんはそう言って立ち上がった。
「え?こんな大雪なのに行くんですか?」
「他に方法がないだろう」
レンタカーカウンターに向かう河内さんの背中を見ながら、私は首をかしげた。
なんだろう、この違和感……。
* * *
レンタカーに乗り込むと、外の雪はさらに激しくなっていた。
「大丈夫でしょうか……こんな雪の中」
「なんとかなる」
普段なら運転中も仕事の話をしたり、私の体調を気にかけたりするのに、今日は黙ったまま。
「河内さん……何か心配事でもあるんですか?」
「……何でもない」
でも、ハンドルを握る手に力が入ってるのが分かった。
私は助手席で小さくなりながら、河内さんの横顔をちらちら見ていた。
いつもより険しい表情をしている。
出張の件で何か問題でもあったのかな……。
その時、前方に赤いランプが見えた。
「あ……」
道路に警察官が立っていて、手を上げて車を止めようとしている。
「申し訳ございません。この先通行止めになってます」
警察官が窓越しに説明してくれた。
「雪崩の危険があるため、復旧のめどは立っておりません。今夜は近くの宿泊施設をご利用ください」
河内さんは黙って頷いた。
「近くに宿はあるんですか?」
私が尋ねると、警察官は苦笑いを浮かべた。
「実は……今日は他の観光客の方々も同じ状況でして。大きなホテルはすべて満室なんです。古い温泉旅館が一軒だけ空いてると思うんですが……」
地図を見せながら説明してくれた場所は、ここから車で20分ほどの場所にある小さな旅館だった。
「そこしかないのか……」
河内さんは渋い顔をしている。
「仕方ないですね……車中泊するわけにもいきませんし、そこに泊まりましょう!」
車をUターンさせながら、河内さんはポツリと言った。
「むしろ……こういうのも悪くないかもしれない」
え?
いつもの河内さんなら、予定が狂うことを嫌がりそうなのに。
やっぱり今日は何かが違う……。
* * *
目的地には、確かに古びた温泉旅館があった。
建物は年季が入っているけれど、手入れが行き届いていて風情がある。
「思ったより……素敵なところですね」
私がそう言うと、河内さんは少し穏やかな表情をした。
「そうだな」
玄関で靴を脱いで中に入ると、温泉の香りがした。
「いらっしゃいませ」
女将さんが出迎えてくれた。六十代くらいの、優しそうな人だった。
「今日は大変でしたね。お部屋はお二人でよろしいですか?」
「あ、いえ……別々で」
私が慌てて言うと、女将さんは困った顔をした。
「申し訳ございません。今日は他のお客様もいらしてまして……空いてるお部屋が和室一間だけなんです」
河内さんと私は顔を見合わせた。
「布団は二組ご用意いたします。ご不便をおかけしますが……」
「それで構いません」
河内さんがきっぱりと答えた。
私の心臓が跳ねた。
一部屋……二人きり……。
* * *
「こちらがお部屋になります」
案内された和室は八畳ほどの落ち着いた部屋だった。
窓からは雪景色が見えて、静かで穏やかな雰囲気。
「お夕食は六時からご用意いたします。温泉は二十四時間ご利用いただけますので、ゆっくりお寛ぎください」
女将さんが去った後、部屋には静寂が流れた。
「えーっと……」
私は荷物を置きながら、なんとなくそわそわしていた。
家で一緒になることはあるけど、そうじゃない場所だと落ち着かない。
河内さんは窓際に座って、外の雪景色をじっと見ている。
相変わらず考え事をしている。
「河内さん、温泉入りませんか?疲れも取れるし……」
「ああ、そうだな」
河内さんは立ち上がったけれど、やっぱり上の空だった。
温泉は男女別で、私たちはそれぞれ別々に入った。
温泉に浸かりながら、私は今日の河内さんの様子を思い返していた。
朝からずっと何かを考え込んでいるような……。
仕事のことかな?
それとも別の何か?
温泉から上がって部屋に戻ると、河内さんはもう浴衣に着替えて座っていた。
* * *
夕食は部屋に運ばれてきた。
お膳を前に、私たちは向かい合って座った。
「美味しそうですね」
「ああ」
河内さんは箸を取ったけれど、やっぱり元気がない。
いつもなら「体に気をつけろ」とか「ちゃんと食べろ」とか言ってくれるのに、今日は黙々と食べている。
「河内さん……」
「なんだ?」
「本当に大丈夫ですか?今日一日、ずっと様子がおかしくて……」
河内さんの箸が止まった。
しばらく沈黙が続いて、やがて小さくため息をついた。
「……少し、考え事があるだけだ」
「仕事のことですか?」
「まあ、そんなところだ」
曖昧な答えだった。
でも、これ以上聞くのも悪い気がして、私はそれ以上追求しなかった。
外では相変わらず雪が降り続いている。
「……こういうのも悪くないな」
河内さんがふと呟いた。
「え?」
「こんな静かな場所で、お前と二人で過ごすのも」
その言葉に、胸がぎゅっとなった。
* * *
食事を終えると、女将さんが布団を敷いてくれた。
二組の布団が並んで敷かれている様子を見て、私はまた心臓がドキドキした。
「ありがとうございます」
女将さんが去った後、部屋にはまた静寂が戻った。
私は浴衣の裾を気にしながら、布団の端に腰を下ろした。
河内さんは窓際に座ったまま、外を見ている。
「まだ降ってますね、雪」
「ああ……明日の朝まで続きそうだ」
「もしかして、明日の予定も変更になるかもしれませんね」
河内さんは振り返って私を見た。
「それでも構わない」
「え?」
「優美」
河内さんが急に私の名前を呼んだ。
「はい」
河内さんは立ち上がって、私の前に座った。
いつもより真剣な表情をしている。
「お前に……聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
河内さんは少し迷うような表情を見せた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「優美、二人でどこかで暮らさないか」




