最終話 未来への祈り
その日は日曜。
教会は門戸を開放し、中からはオルガンの音色が漏れ聞こえる。
フィンとゾーイはぴたりと同時刻に現れ、挨拶を交わすと。
礼拝堂へと脚を進めた。
礼拝堂のなかでは、神父が礼拝の準備に奔走していたが。
フィンは神父を呼び止めると……ひとことふたこと言葉を交わし、手にした件の品「家族のポートレート」を神父に渡した。
神父は……複雑な面持ちでそれを受け取り、眺める。
ゾーイは「これも」と、手にした花束を神父に渡した。
神父は二人に深々と頭を下げると、礼拝の準備に戻った。
そして。
フィンとゾーイは、長椅子に並んで腰かけ、礼拝の始まるのを待った。
フィンとゾーイは長椅子に並び座りながら……これまでのちょっとした「リドル」を紐解き始める。
「そう……あの家はかつて『エレノアおばさん』が仕えていたお屋敷だった、というわけなんだ」とフィン。
「エレノアおばさん……か……」とゾーイ。
その名は、この辺りで育ったものなら、みんな知っている。
エレノアおばさん、彼女は「AI」で……この教会の懺悔室を受け持っていた。
誰もが子供のころには必ず、何度となく……相談を持ち掛けた経験を持つことだろう。
中でも、ひときわ「おばさん」とコミュニケーションをとった、とるに至ったのは、フィンだろう。
その中でフィンは「おばさん」の出自を知ることになる。
おばさんの半生は、あの屋敷での、あの家族との生活にあった。
それは、フィンやゾーイが産まれるよりも、もっともっとずっとずっと……昔の話だ。
おばさんはフィンに、その当時の自身の体験を語った。
――あの子が、花嫁を迎えたこと。
――初めて父親となったときのこと。
――子供のいたずらで危うく「故障の危機」を経験したこと……。
しかし後に、貴重な機械は公共の財産とみなされて。
「おばさん」もまた接収されて。
おばさんの後の天地となったのが、この教会の懺悔室だった。
とのことだった。
もちろんその後はその後で……。
おばさんは、数多くの人々と接することができて……それもまた大切な思い出だった、と語った。
それでも……。
エレノアおばさんにもやはり……。
「元体験」は格別な思い出なのだと。
そう語ったのだとも言う。
そんなエレノアおばさんだったが。今はもう、ここにはいない。
ある日、言葉をつむげなくなったのだ。
それは、人がある日、冷たく横たわったまま、動けなくなるのに似ているように思う。
青空に、鐘が軽やかに鳴った。
礼拝の開始の合図だ。
並んで座るフィンとゾーイ。
ゾーイは、フィンの、――無造作に投げ出された手のひらに、自身の手のひらを重ねる。
このふたりは、一見、フィンが主導権を握っているように見えて。
その実、意外性で驚かせるのは、実はいつもゾーイで。
フィンはその対応にいつも頭を悩ませる……。
でもそのときは。
手を重ねつつ、なにものも能わないだろう美しい笑みを浮かべ、フィンを見つめるゾーイに。
フィンも微笑みを返すと、手のひらを上に……重ねられたゾーイの手指に自身の指を絡ませて。
ふたりは、礼拝の時間その始まりを待つのだった。
――世界は移ろいつつも、花は新たに芽吹き、心はまた訪う心を持つ、かりそめに宿りし心もまた心であり、我ら等しく霞むとも、ともにともに限りまで歩まんことを。
-Fin-