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第2話 廃墟の探索

扉をくぐって更に道を進むと、そこには増して鬱蒼とした世界が広がっていた。

午前中のいまは日も高く、木々から漏れる光線もあり、周囲は明るく幻想的に彩られている。

フィンがふと、後ろに続くゾーイを振り返ってみると。その顔は満面の笑顔で……そしてフィンの視線に気づいたゾーイは顔を引き締めながら咳払いしつつ。


「……ゴホン。どうかしましたの?」

「ん……いや? そこ、ぬかるんでるから気をつけてね」

「えっ!? あ……。そういうことは早めに言ってください!」


ゾーイはブーツと服に飛んだ跳ね染みを気にしながらフィンに不平を漏らす。

当のフィンは笑顔で応えて、歩む先に眼を戻した。


いくつかの小径を通って……そう、フィンは、分かれ道に差し掛かった際にも特段迷う素振りも見せず、ゾーイに道を示しつつ進んだ。


――「冒険」とは言っていたけど……目指す場所はあるのかしら?


ゾーイはそんなことを思いながらフィンの背中を追う。その問いの答えはおそらくイエスなのだろう。


果たして二人は、塀に囲まれたお屋敷……とは言ってもそれは茫々の草に飲まれて――ちょっとした古代遺跡かしら――くらいの風情を醸し出していた。

そんな比喩を頭に上らせたのはゾーイだ。体を動かしたことで気分も高揚しているのかも。


そしてフィンはというと。なんの遠慮もなく軋む正門の柵を広げて……邸内に踏み行ろうとする。


「ちょっ! ちょっと! 廃墟とはいえ、よそさまのお屋敷よ!! なんの許可もなく立ち入るのはまずいのではなくて!?」


あわてて理性を取り戻したゾーイは、フィンに声を掛ける。

フィンは振り向きゾーイを見たが……説得の言葉を思い付かなかったのかそれともめんどうになったのか。

また正面に向き直ると、片手を上げてゾーイへの返事とした。


――「待ってろ」ってサイン……かな?


ゾーイは正門前で立ち尽くしていたが。

見るとフィンは、奥にある母家とおぼしき木造の屋敷、の廃墟前で。

しばらく正面玄関をガチャガチャとしていたが……玄関は死んでいると察したのか、場所を変えるのか……。

その屋敷の裏手へと姿を消した。


フィンの姿が消えて、ゾーイはひとり取り残される。

あたりに人の気配はなく静寂が身を包む。

ゾーイの背後では巨大なクスの木が、風を受けてさわさわと音を立てる。


ふとゾーイの頭に「バッダー・ウォーカー」という寓話の怪人の名が浮かんだ。


――ば、ばかばかしい……子供をしつけるための作り話じゃない!


そうは言ってみても。


お嬢さまのゾーイには「周りに人がいない」という経験が圧倒的に不足していたらしい。

心細く思ったゾーイは。

その手を組み合わせ、空を仰ぎ、祈った。


「かみさま、聖ユークリッドさま! あさはかな振る舞い、誘惑に惑わされはしましたが……どうぞ、私たちをお守りくださいませ!」


そう言い切る間も惜しいといわんばかりに。ゾーイはフィンの消えた屋敷裏手へ駆け出すのだった。




フィンが母家の裏手に回り、屋敷に入る方法を考えていると……。そこにゾーイが息せき切って走って来る。


「どうしたの?」とフィン。


ゾーイの呼吸は荒く……落ち着かせようと2度3度と深呼吸……。


「…………」

「?」


ゾーイはうつむき呼吸を整えながら……今度はいたずらっぽく考えて……こう切り出した。


「……バッダー・ウォーカーが出たの!」

「……え?」


今日のゾーイは、ずっとフィンにペース乱されっぱなしで……あと、走って来たのもあって、少しハイテンションになっていたのかも。


「バッダー・ウォーカーよ、バッダー・ウォーカー! 昔話の化け物!! 入り口で襲われそうになったから、逃げて来たのよ!」


ゾーイは言いながら、真剣な表情をしてみせる。

一方フィンは、と言えば……ゾーイの真面目な性格は知っているから、逆に彼女を疑う、という発想が出てこない。


でもさすがに「バッダー・ウォーカー」は無いだろう……猛獣でも見間違えたのか? と混乱していた。

そんな困惑するフィンの顔をみて……ようやくゾーイは溜飲を下げたようで。

今度は彼女は、フィンを指差して笑い出す。

フィンもなんだか良く判らなかったが……担がれたのかな? まあいっか、と……。


その場で二人ひとしきり、笑い合ったのだった。




「お嬢さま、こちらへどうぞ」


さきほどのやりとりで打ち解けた二人は、いったん休憩を挟むこととした。

フィンは、リュックの中に詰めていた物のひとつ……ブランケットシートを地面に敷くと、うやうやしくゾーイに座るよう促す。

ゾーイはといえば、上品な作法こそ彼女の本領とばかり……若干わざとらしいフィンには目をつむりつつ……優雅な所作でそのエスコートに甘んじる。


「ありがとう」


でも、まんざらでも無いのは確かだ。

フィンも、ゾーイの隣に腰を下ろす。

そしてフィンはゾーイに金属製のマグを握らすと。携帯ポットを手に取り彼女の眼前でその蓋を開く。

あわせて茶葉の甘い香りが周囲に広がった。


「どうぞ……マグは熱くなるかもだから、取っ手で持つようにしてね」


フィンはそう言いながら、ゾーイのカップに紅茶を注ぐ。


さすがにこの行程で長時間経ったのもあって、紅茶は冷めかけていたものの……むしろ喉を潤すという意味では都合がいい。

ゾーイは一口目で半分ほどを飲み干してしまい。少し名残り惜しそうに中の液体を見下ろした。


「あとは、こんなものしか用意してないけど……」


と、フィンがゾーイの手に続けて握らせたのは、チョコレートバー。あとはミックスナッツの袋を開いて、シートの上に置く。


「めしあがれ」とフィンはゾーイに優しい表情で促す。ゾーイはちょっとしたお姫さま気分だ。


――そうだった。フィンはいつでも優しかったなぁ……あの時だって……。


ゾーイはチョコレートバーを齧りながら、幼い頃の思い出を呼び起こす。

そんなゆったりした時間を楽しむゾーイに対して……チョコレートバーをかみ砕き紅茶でそれを流し込んだフィンは。


「うっし! やるか!」


とシートから立ち上がり……屋敷の裏、勝手口に近づくと。

力任せに。勝手口の扉を蹴り飛ばした!


轟音が辺りに響く。


勝手口の扉を支えていた二つの蝶つがい。いまや上部のものは弾けて飛び散り。残ったもう片方が、かろうじて扉をぶらぶらとぶら下げていた。


呆気にとられるゾーイ……。


――う、うーん……。このような乱暴な殿方を……我らがウィンスレット家の一員に招いても……許されますでしょうか、お父さま……ダメですかねやはり?

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