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ナイフ

〈秋初日俳句詠みには一大事 涙次〉



【ⅰ】


 タイムボム荒磯は、カンテラ事務所内谷澤景六書斎に詰めつきりで、漫画を描いてゐた。彼の方針では、アシスタントは最低限しか使はない、との事。この日も、アシたつた一人(深森くんと云ふ)で、進行してゐた。

 忙中見舞ひに、もぐら國王がゴディヴァのアイスケイキを提げて訪れた。タイムボム、「見て下さいよ國王、とてもぢやないが金庫破りに參加してる暇なんかない」‐「まあ頑張れ、としか云ひやうがないな」と國王。本当は金庫破りが「暇潰し」のやうに云はれてちよつとむつとしたのだが、それは表に出さない。

 アイスケイキは悦美が切つてくれた。やうやつと一休みだ。珈琲と煙草。珈琲は零すと困るし、煙草は火の始末があるので、作画中はこの二つはやらない。「このケイキ、美味いつすね」‐「ゴディヴァだからな」‐「また髙価(たか)い物を」谷澤ことテオが混ぜつ返す。テオもアイスケイキを、他の面子の半分の量だけ貰つて(同じ量だと多過ぎてお腹が下つてしまふ)舌鼓みを打つてゐた。珈琲の替はりに人肌のミルク。深森くんは矢鱈恐縮してゐる。

「ま、現狀これですよ。今日のところはタイムボムくんは、勘弁してやつてくれ給へ」‐「分かつた分かつた。ときに、杵塚監督は?」‐「さあ。自分の部屋でDVDでも観てるんぢやないの?」



【ⅱ】


 國王、杵塚の部屋のドアをノックした。「だうぞ、開いてるよ」‐「俺だ」‐「おう國王。テオどんの陣中見舞ひかい?」‐「そんなところだ。珈琲持つてきた。あとアイスケイキ」‐「恐縮」

「で、俺に用事な譯?」‐「近況報告だ」‐「近況?」‐「* 汐見入兵のな」‐「そんな奴ゐたな」‐「奴があんたのナイフ投げで切つた頰を、縫合したつて知つてる?」‐「えー? そんな深い傷だつたかあ、あれ?」‐「顔に傷の一つでもあつた方が女にモテる、んだつてさ」‐「また『モテ』か」‐「奴のは病氣だよ。あんたに會ひたがつてゐる」‐「俺の方では會ふ用事はないんだが」‐「まあさうだらうが」

 だうせ顔の傷を見せて、手術代いくらいくら、補償せよとかそんな話だらう。くはゞら、くはゞら。

 結局、國王の顔を立てる、と云ふ事で、會ふ事に決まつてしまつた。俺を暇人だと思つてやがる。** ゲリラ上映にカタをつけなくちやいけないし、映画館回りだつてあるのに...。



* 当該シリーズ第19話參照。

** 当該シリーズ第45話參照。



【ⅲ】


 ところは某川河川敷。杵塚は、ヒョースンのgv125Xロードスターに乘つて來た。話と云ふのが、手術代の補償について、だつたらまだ良かつた。汐見、魔道に墜ちた事を自慢げに話すのである。「ち、ちよつと待つてよ。あんたが【魔】になつたからつて、俺となんの関係がある?」‐「関係? さうさなあ、ナイフ投げ合戦でも、と思つたんだが」‐「あんた、ナイフ投げを?」‐「さう、魔界でプロに習つたんだよ」‐「あのなあ。いくら【魔】だからつて、無理矢理人に押し付けていゝ事と、さうぢやない事があるのは、弁へて慾しいんだが」‐「五月蠅い! 貴様のナイフ投げは一夜漬けだつたんだつて? 俺は傷付いた。頬の傷以上にな」

 だうやら、杵塚の一晩で會得したところまで辿り着くのに、一箇月掛かつたらしい。まあ、器用不器用、人には色々ゐる。だが、それを逆恨みされても...



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈新涼はいづこにありや汗を掻きほつつき歩く者でありたい 平手みき〉



【ⅳ】


 で、結果、ナイフ合戦は決まつてしまつた。最近、(まあ有名税と云つたところか)護身用に、いつもナイフを一張羅のアンコン・ジャケットの裏に隠し持つてゐる杵塚。ナイフを指でぐるぐる回してゐる(いかにもこの道のプロ然とした)汐見と、何故だか分からぬ内に、決闘、と云ふところ迄來てしまつた。


「ちよい待ち」‐おゝ、この聲は! カンテラだ!「汐見とやら、勝負は俺たちが没収する」‐「何だとお!」‐「ぢや、俺とやるか?」。「それとも俺とやるか?」‐じろさんだ! 二人は杵塚の身を案じて、後を付けてゐたのである。「ふん。撰べるつてなら、此井のおつさんとだ。刀相手はちとハンデがきつ過ぎる」

「云つたな! ナイフを構へてみろ!」じろさん、怒り心頭である。汐見はさも莫迦にするかのやうに、ナイフをぐるぐる回し續ける... じろさん、それを足で蹴り上げた。「うわつ!!」ナイフは地面に突き刺さつた。じろさん、汐見の襟首を摑むと、せいやつ、と投げ飛ばした。轉がる汐見。そこを、ぐつさり、カンテラが突く。「しええええええいつ!!」



【ⅴ】


 汐見絶命。杵塚「あー、お二人、助かりました」。「急にあんなふうに絡まれてもなあ。奴のは自業自得だよ」‐じろさん。カンテラ「さて、帰るか。テオたちの進捗具合はだうかなあ」



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈秋めくのめくを擴大解釈す 涙次〉



 谷澤原作の漫画、タイムボム荒磯の手に依り、完成してゐた。木嶋さんに連れられ、「cure」編輯部員が原稿を取りに來てゐた。「今夜は宴会だな」‐「そ、それまでに一眠り、いゝつスか?」‐タイムボム荒磯、その場にごろり。その儘ぐうぐう髙鼾。オペが終はつた後のブラックジャックのやうに...


 お仕舞ひ。

 

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