第七話:世界のかたち
翌朝。
私はライルの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いていた。
彼の傷はまだ癒えきってはいない。
無理をすれば裂けるし、止まっても治りきる保証はない。
けれど、歩くことを選んだのは彼自身だ。
そして私も、それにうなずいた。
「……まだ痛みますか?」
「そりゃあね。でも、不思議と悪化はしてない。
君が傷口にあててくれた葉、効いてるんだと思う」
「それは、よかったです」
「……って顔じゃないよな。そんなに不安?」
「いえ……正直、怖いんです。わたし、医学の専門家じゃありませんし。
使った葉の名前も、その使い方も、“知っていたはずがない”んです」
「それでも、使えたじゃないか。じゃあ、それでいいんだよ」
歩きながらの会話は、心を少し軽くする。
静かな森の道は、鳥のさえずりと枯葉を踏む音に満ちていた。
「……そういえば、この辺には魔物は出ないんですか?」
「ここら辺はめったに寄ってこないかな。」
「魔物が出るなら、やっぱり“冒険者”みたいな人たちも……?」
「いるよ、ギルドもある。王都セラトには“聖環冒険者同盟”っていう大組織があるし、
地方都市には支部も多い」
「でも、今までの話を聞いてるとこの国って、“聖女”に頼る面が強そうですよね?」
「それが問題なんだ。聖女は、強さの象徴ってより
“神殿の体面”のために使われることが多いから、ギルドと噛み合ってない」
ライルはこの世界では学がある方なのだろうか。
それとも旅をしながら、この世界の事をよく知ったのだろうか。
「魔法は誰でも使えるんですか?」
「感覚としては、百人に一人。
貴族や騎士の子供に生まれれば訓練も受けられる。」
「ギルドにも、魔法を使える冒険者は?」
「もちろん。だから人気もある。
でも、使えるやつらはどこかで“燃え尽きる”ことも多い。
魔法を使えば命が削れる」
それはきっと、アルシア王国が聖女を召喚する理由にも繋がるのだろう。
「人以外の種族もいるの?」
「いるよ。エルフ、獣人、竜族……
ただ、混血の文化は少ない。差別というより、生活圏が分かれてる」
「争いは?」
「昔はあった。でも、今は共通の“敵”が多すぎて、争ってる場合じゃないってとこだな」
「敵、ですか……?」
「魔物もだけど、それだけじゃない。“祈られすぎた土地”ってのがあってさ。
あれは、もう生き物が近づけない」
「……祈られすぎた土地?」
「神聖化の過剰反応だって言われてる。
祈りの力が、何かを浄化する代わりに、
“生き物が棲めない場所”を生み出すんだって」
力を行使しすぎた結果、誰も寄りつけなくなる場所が生まれる。
それは一体どういう事なのだろうかーーー。
そのとき。
私の目に、ふわりとした光がまた滲んだ。
灰緑の葉。
ギザギザとした縁。
中心に白い筋。
ロゼルの葉。視えた。
「もう少しです」
「ん?」
「見えた気がします。あの葉。ロゼルの。
……この先にある。岩の多い場所」
「――それなら、間違いない。
あの辺に生えてる。俺も、そこで見たんだ」
「じゃあ、そこを目指しましょう」