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第六話:空腹は火より雄弁に


ライルは昨日よりずっと調子がよさそうだった。

浅く腰を下ろして、地面に枝で何かを描いている。



「ほら。ここがアルシア王国の中心、“聖環都セラト”。いわゆる王都です」


「“環”って……環状都市?」


「そう。中央に神殿があって、そこから五重の街が円状に広がってる。内側にいくほど地位も税も高い」


「……つまり、“祈りの格”が層になってると」


「そう。よく言い当てたね」


 

ライルは笑いながら枝を動かす。

地面に描かれる即席の地図はざっくりしているけれど、

視覚的に把握しやすかった。


「で、このあたりが今いる森」


王都西側に大きな丸を描いて、そこを枝でトン、と叩いた。


なるほど、と頷いたところで――


 


 ぐぅぅう。


 


静かな森に、間の悪い音が響いた。


 


「……」


「……」


 


火の音も、風の音も消えた気がした。

鳥たちも沈黙して、世界が耳をすましている。


 


「……あの」


「うん?」


「いまのは、私ではなく、たぶん……森の……」


「なるほど。じゃあその“森の動物”にご飯を与えるべきかな」


「……すみません。昨日から、まともに食べてなくて」


 


私は顔を伏せた。耳まで熱い。

今は林檎より頬が赤い気がする。


 

ライルはくすくすと笑って、腰を上げた。


「この辺、食える実があったはず。俺が採ってくるよ」


「でも、まだ本調子じゃ……」


「本調子じゃなくても、君のお腹は正直だ」


 

情けないけれど、少しだけ和んだ。

昨日まで他人だった人に、こんなふうにからかわれるとは思わなかった。

けれど、それは悪い気分じゃなかった。


 

十数分後。ライルが小さな袋に赤い実を入れて戻ってきた。


「“ラッタの実”。甘酸っぱくて腹持ちがいい。

生なら皮を剥いて少しずつ。はい」


「ありがとうございます……」

 

実際、空腹には勝てない。

恐る恐る口に運んで噛みしめる。甘酸っぱくて美味しい…


「あなたの傷…だいぶ良くなったように見えますけど、まだ完全ではないですよね」


「傷口の感染を防ぐために、“ロゼルの葉”が必要なんだ。

前にも使ったことがある」


「どこにあるか、知ってますか?」


「俺が滞在していた村の近くに生えてる。

森の北側の岩場。そこなら、きっとある」


「村……?」


「“トレント村”っていう、半分野営地みたいな集落。

狩人と流れ者ばっかり。でも、悪い場所じゃない」




「マシロ、1つ聞いてもいいかな」


「はい?」


「君って、なぜこの森にいるんだ?

一人で、旅に必要な道具も食料もなしで」


予期していなかった問いではなかった。 

私は手の中の実を見つめ、少しだけ黙った。


 

「……契約、しなかったんです」


「契約?」


「聖女召喚の、です」


 

ライルの手が止まった。

風が、焚き火の灰を撫でるように吹き抜ける。


 

「契約書には『聖女は神託を受け、アルシア王国に魔力を供出し、忠誠を誓うこと』と。」


「……」


「元居た世界から急に呼び出されて、忠誠を誓えなんて。おかしいと思ったんです」


 

声が、わずかに震えた。


けれど、私は続けた。


 

「だから、断った。……そうしたら、森に捨てられました。

 “処分”という形で。たぶん、それがこの国の“優しさ”なんでしょうね。

見せしめにしない代わりに、忘れるっていう」


 

言ってから、私は少し後悔した。

これが重すぎる話ではないかと。

初対面も同然の相手にする話ではないのではないかと。


 

けれど、ライルは変わらぬ声で答えた。


 

「……君は強いね」


「え?」


「普通の人間なら、そこで絶望する。……でも君は、

火を起こして、葉を視て、知らない実を食べて、それをうまいって言った。

それはもう、生きてやるって意思そのものだろ」



私は返す言葉が見つからなかった。


だけど、そう言ってもらえて、少しだけ救われたような気がした。


 

「トレントに行こう。ロゼルの葉を手に入れれば、

俺の傷も回復するし、何か情報が見つかるかもしれない」


「はい。……案内、お願いします」


「了解。聖女様」


「やめてください、それ」


「ああ、契約してないんだっけ? じゃあもう、ただの“マシロ”だ」


「それで十分です」


ふたりのクスクス笑う声が、森の静けさの中に溶けていった。


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