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第二話:夜明けの水を汲みに


朝が来た。


この世界の空は、ゆっくりと色を変える。

濃い藍から、やわらかく光を含んだ薄灰へ。

木々の葉が冷たい空気を吸い込みながら、わずかに震えている。


焚き火は灰の中に微かな熱を残していた。

私は火打ち石と火打ち金を手にし、再び火を起こす。


カツン、カツン、と火花を起こし、

やがて小さな火が、枝に燃え移る。


私は水筒を手に、昨日目星をつけておいた沢へ向かう。

枯葉を踏みながら森を進むと、鳥のさえずりと水音が交じる気配が近づいてくる。


 

水は澄んでいた。流れのある浅瀬に足を踏み入れ、手で触れてみる。

けれどそのまま飲むわけにはいかない。

見た目に綺麗な水ほど、思わぬ毒を含んでいることもある——

そう学んだのは、病院の感染症マニュアルでだった。


沢の水を汲んだ金属製の水筒を火にかける。

完全な消毒ではない。けれど、“何もしない”よりはるかにましだ。


 

医療事務をしていた頃、私の仕事は「人の命を救うこと」ではなかった。

でも、間接的に関わることはあった。

記載漏れに気づく。薬剤の履歴に重複がないか、確認する。

些細な手続きミスが、診断や処方の齟齬に繋がることがある。

 

見て、気づき、考える。

それが私の役割だった。


 

今も、それは変わらない。

火が水筒を熱し、水が蒸気を立てる。その変化の小ささにさえ、目を凝らす。


 

火のそばにしゃがみ込みながら、私は神殿のことを思い出していた。


 

あの広間で最初に聞かれたのは、名だった。

呼吸を整え、私は答えた。「白鷺 (しらさぎ)真白(ましろ)」と。


それが、私の存在を確定させた最初で最後の場面だった。



そのあとは、用意された羊皮紙が差し出された。

そこに記されていたのは、王国への魔力供出と、忠誠を義務とする一方的な文言だった。

私はそれを静かに断った。

そして、そのことについて、誰一人言葉を重ねようとはしなかった。


 

整いすぎた空間。沈黙に支配されたやりとり。

あれが“祈りの場”だったとするなら、私は、最初からそこに相応しくなかったのだろう。


 

だから私は、祈らない。

与えられるものを待つのではなく、必要なものを自分で見極めて拾い集めていく。

この世界に何をされても、私自身の在り方だけは自分で決める。


 

煮沸したお湯が、飲める温度に冷めるまで待つ。

私はそっとそれを口に含み、喉を潤した。


そして、また一日が始まった。



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