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第一話:焚き火に目を凝らす

 

14回目の挑戦で、ようやく火がついた。


枝は少し湿っていた。火打石で起こした火花はすぐに消え、手は擦り傷と煤で汚れていた。

それでも、諦めるという選択肢は最初からなかった。


ここで火を起こせなければ、夜を越せない。

たったそれだけの、簡単で重い理屈だった。


いま私がいるのは、

アルシア王国の王都から半日ほど離れた森の中だ。

昨日、“聖女”として召喚された私は、契約を拒否したことを理由に、ここへ“処分”された。


 

神託により選ばれし存在——などと、彼らは言っていたが、その言葉に込められていたのは祝福でも歓迎でもなかった。


彼らが望んでいたのは、命を差し出し、魔力を供出し、忠誠を誓う“従順な器”だった。


私は、それを断った。

静かに、はっきりと。



神官は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、

すぐに表情を消し、書類を片付けた。


契約を拒否した“聖女”に意味はないらしい。

翌日には神殿の裏口から馬車に乗せられ、

そしてこの森に降ろされた。


 

渡されたのは、火打石と火打金、小さな水筒、

そして薄い毛布一枚。


王国としての“形式”は守ったつもりなのだろうか。


私はもう二度と元の世界には戻れないのだろうか。

しかし、聖女の契約を受けていても戻れることは無かっただろう。


火がようやく安定し、赤々と燃え始める。

焚き火の中心にできた小さな空洞が、呼吸をするように光を吐き、吸っている。



ふと、前の世界での自分を思い出す。



私は白鷺(しらさぎ)真白(ましろ)

医療事務として、総合病院の受付で働いていた。

患者の名前を確認し、保険証を預かり、電子カルテを開いて診療の順番を調整する。

診察が終われば、請求と会計。

日々の業務は地味で、けれど正確さを要求された。


その職場では、医師でも看護師でもない私のような事務職は、いわば裏方だった。

けれど、私は日々の業務の中で患者の言葉や動作に注意を払うことを欠かさなかった。


声がかすれていたり、いつもより口数が少なかったり。

保険証を出す手が震えていることに気づけば、受付の奥でそっとカルテに付箋を貼った。

“この人には何かある”——そう感じたら、医師に伝える。それが私なりの現場への貢献だった。


直接、人の命を救ったわけではない。

けれど、あの場所で私が“見ていた”ことが、今の私を支えている。


だから、今も私は見る。

焚き火の色を、枝の湿り気を、空の色を、風の流れを。

この世界が、どういう法則で動いているのか。何があって、何がないのか。


あの場で契約を拒否した私には、

自分の目を通して世界を知るしかない。


“力”を授からなかった私に残されたのは、生き延びること、そして、見ることだけだ 。


それで十分だと思った。


何かを信じて従うより、

自分の目を信じる方が、私にはしっくりくる。


誰かに赦されるためでも、奇跡を願うためでも、

私は祈らないと決めたのだ。

 


火がぱち、と音を立てて爆ぜた。

その小さな音の奥に、虫の声と風の音が混ざっている。


夜は長い。

けれど、目を閉じるのはもう少し先にしよう。

今日見たこと、感じたことを、もう一度、胸の中に焼きつけてから。



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