9 待ってた
「…………あれ、何やってんの?」
「見ての通り寝てる」
「起きてんじゃん」
「はは……実は待ってた……みたいな」
「え」
ゆっくり顔を上げる。
……あ、やっぱ言わなきゃよかった。そんな困惑したような顔すんなし。
「いや、眠かったし、あと……探すの大変かなとか……」
「え……かわい」
「は、えっ?」
今、なんつった?
「いやぁ、なんか、かわいいなって」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「いやいやどこが。つか、一応男なんですけど」
「かわいいは性別関係ないよ?」
少し首を傾げてこっちを覗く先輩。
「はぁ……」
なんなんだ。かわいいって何。謎に照れる自分もなんか嫌だ。
「あ、そういや今日は何描くか決めてんの?」
「いや、まったく」
「じゃあ、今日は同級生ごっこでもする?」
「え?」
試すような、からかうような、そんな表情で言う。
これは……どう返すべきか。
正直なところ、絵を描くやる気があるかと言われたら全然そんなことはない、というね。
じゃあ選択肢は1つか。
「やりますか」
「おお。まじで乗ってくれるとは」
「ははは」
ちょっと恥ずかしくて思わず笑う。
そんなオレのことは気にせず、先輩はオレの隣の席に座る。前からも後ろからも3番目の廊下際の席がオレの席。その隣が今は先輩の席だ。
「なんか、同級生でも違和感ないかもね」
先輩がこちらを向いて笑う。いや、やっぱり違和感はあるって。
「さすがに先輩が教室にいたら違和感ですよ」
「アウトー」
「え?」
「今は同級生ごっこでしょ?先輩も敬語もだめ」
「結構しっかりやるんだ」
「やるからには、ね」
にやっと先輩は笑った。
…………先輩のこと、なんて呼ぼうか。ん?待てよ。先輩の名前ってなんだ?
今になって、かなりまずいことに気づいた。オレ、先輩の名前忘れてる。でもこれは一時的な記憶喪失ではなく、初めから記憶として保持されてない。
どうしようか。名前きくか。大分失礼に値しそうではあるが。その他ないし。
「……どした?」
なんというか、無邪気というか、少し幼く見える表情で先輩は尋ねる。
「えっと…………先輩」
うん…………うん……きこう。
「だから先輩は……」
オレを咎めようとする先輩の言葉を遮る。
「お名前、なんでしたっけ?」