82 輪郭
久しぶりの更新です。また次の更新まで間が空くとは思いますが、よろしくお願いします。
ぐぅ
「…………」
「……オレが犯人です」
「あははっ犯人って」
先輩は愉快に笑う。オレも一緒に笑う。
「お腹空きません?」
「うん、私も空いてきた。どっか探そうか」
オレは頷いてスマホで飲食店を探す。……思ってはいたが、この辺何もないな。
「電車で移動する?」
「そう……ですね。なんもないですもんね」
「一駅行ったらあるかな」
「うーん」
「あ、一個先のとこ、近くに道の駅ある」
「え、まじですか。行きましょう」
「おっけー。次の電車が?えっとー、ん?1時間後?」
「そんな気はしましたよね」
時刻表はやけに白かった。オレ達がいつも見ている時刻表でも白いと思っていたけど、それと比べてもなかなか白い。
「どうしよ。散歩する?」
「ですね。あ、チョコいります?」
「え、いる!」
「ははっちょっと待ってくださいね」
オレは密かに忍ばせていた小さい紙箱のチョコを出す。まだ残ってる。
「はい、どーぞ」
「ありがとー」
いただきます、と小さいチョコを取って微笑む。オレもひとつ手にとり口に放った。甘い。
「うまー」
「そりゃよかった」
「尚ってよくチョコくれるよね」
「あー確かに?」
「私もなんか持ってこようと思って忘れるんだよね」
「全然いいですよ、そんなん」
「いやいや。何かしら返します。たぶん」
「たぶん。まぁ楽しみにしときます」
「楽しみにする程のことでもないからね?」
「ははっ」
「なんかさ」
「はい」
「田舎だね」
「ですねー」
車の通りが少ない。そもそも人が少ない。
「でも、そう悪くもないですよね」
「あ、やっぱり?いいよね。住んだら不便なんだろうとは思うけど、やっぱこういう場所が一番落ち着く気がする」
「ですよね」
「にしても寒ー。早く冬終わらないかな」
「本当にそうですよねー、暦的には終わってるはずなんですけどね」
「最近四季とかないよね。暑いか寒いかの間に謎の期間がちょっとあるだけで」
「激しく同感です」
「ねー。生きにくい気候になりましたわ」
はー、と溜息を漏らす先輩の、だらん、と垂れた腕に手を伸ばす。先輩は抵抗の欠片も感じさせず、オレはそのまま手を握った。そしてその手を上着のポケットに入れた。
「え、温かー」
「カイロ実は持ってきてたなーって」
「尚って割と用意周到だよね」
「え、そうすか?」
「うん。なんか、絶妙にあったらよかったなって物持ってる気がする」
「ははは、いいでしょう」
「で、私はそのお裾分けが貰える訳で。ありがとうございますー」
「いやいや、全然」
あはは、と笑いながらゆっくり歩いた。
ズレた足音。歩幅も違う。きっと普段の歩く速度も違う。空の見上げ方も、何に感動して何を嫌だと感じるのかも、色の見え方だって、きっと違う。
でも今オレ達は一緒に歩いている。それだけが、その事実だけがオレを救ってくれる。
ーー付き合っている。
それが嘘でも偽りの関係でも、お互いに特別だというレッテルを貼ったのなら、それが何よりも強いものだと思える。……そんな気がした。
「……なんで、先輩はオレに話し掛けたんだっけ」
「え」
オレは思わず口にした。けれどすぐにやってしまった、と思う。こういう話は前にしたはずだ。『一年後』だと。
「あ、すみません。一年後って話でしたよね」
「あー、そう。ごめんね」
「いやいや、納得したことなんで。それに、もう一年もはないし」
「そっか。えっとー10月の終わりぐらいだっけ?」
「たぶん」
「あと7ヶ月ぐらいか」
「そうっすね。……まだ会って数ヶ月しか経ってないのか」
「あはは、同じこと考えてた」
先輩はそう言ってこちらを見て笑った。
「もうずっと一緒にいる気がする」
「ね。なんでだろうね」
先輩の方を見ると、なんだか哀愁漂うような表情をしていた。なんで、そんな顔。……いや、今に始まったことではない。もうずっと色んな表情を見てきた。嬉しそうな。穏やかな。あるいは少し寂しそうな。それと、オレにはきっと理解できないだろうモノ。
「……本当は」
「え?」
呟くように先輩は言う。なぜだか音が聞こえない気がする。ここが田舎だからか、そうじゃないものか。
「本当は、全部尚に話したい」
「…………」
先輩は足を止めた。オレも少し遅れて立ち止まる。
「なんて、ごめん。余計困らせるよね」
先輩は目を閉じて笑う。現実から目を逸らすように。
「いいですよ、もう。十分困らされてますから」
「えっ。それはごめん」
「だからいいですって。オレは変に誤魔化されるより、ちゃんとそういうの言ってくれる方が嬉しい」
「……そう?」
「はい」
「そっかぁー。尚が、尚だからきっとこんな風にいられる」
「え……どうゆうことですか」
「えっと……出会った頃と今じゃ、全然違うでしょ?私」
「え……」
『私はね、あんたの、草間尚の絵に惚れたんだよ』
『ねぇ知ってる?都会の子供は高い所、怖くない人多いの』
そうだ。出会った頃はそれはもう変な人だって思った。自信があって誰かにどう思われても気にせずに、それなのに人を見透かすような。そしてーー危なかっしい。でも、今はどうだ。ただ優しくて、自信なさげで、人の為に作り笑いをするぐらいな自分より他人、な人。
『人のこと、あんまり信用しすぎないほうがいいよ』
先輩がこういう人だと思って、それからこの言葉だ。オレは先輩という人間が理解できなかった。今もこれからも理解できる日なんて来ないだろう。そんなことはもう何度も考え、その度に理解できる筈がない、と結論づけた。それなのに、考えてしまう。どれが、先輩の本音なのかーー
「私、本当の自分がわからないんだ」
オレはぱっと顔を上げた。先輩はどこか他人事のようにそう言い、口元だけで笑っていた。ーー腑に落ちた。
オレが先輩の輪郭を上手く捉えられないのは、きっと先輩自身が自分というものを正確に捉えられていないからだ。
どれが、どこまでが、なんて違うのかもしれない。その全てが、先輩の曖昧で不安定な輪郭を作っている。だからきっと、どこまでいっても不思議で、わからなくて、でも、それでいて愛おしい人。
「尚なら、どんな私でも受け入れてくれる気がして、こんな風にいられるって話」
先輩は少し眉を下げて申し訳なさそうに、そして、嬉しそうに微笑んだ。




