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天才の弟  作者:
81/81

81 ちょっと変わる日

「うわぁーめっちゃ綺麗!」

「綺麗ですねー」

 オレ達は下○駅に来た。最高の高校入試の日である。中学生は皆、がんばってくれ。

 電車を下りる人はオレ達しかいなかった。

 普通は人が多いらしいけど、今日は高校生以外、基本的に普通の平日だからだろうか。全然人がいない。正直めちゃくちゃいい。

 先輩は駅のベンチに座り、海を眺める。そして勢いよくこちらを振り返る。

「綺麗だね!」

「はい。めちゃくちゃ」

 オレは笑いながら頷く。こんなにも素直な人を見ると、穏やかな気持ちになるもんなんだな。

「そうだ、写真撮ろう」

「あ、オレも」

 先輩がスマホを出して海を撮る。オレも海を撮ろう……と思って、でも、その背中をスマホの中に映す。

 カシャ

 先輩のその音がした直後にシャッターを切る。もう一枚……と押したところで先輩が振り返った。

 カシャ

「あ」

「え、私映ってるよね」

「バレた」

「え、消して消して。間抜けな顔してる絶対」

「あ、え、無理ですって」

 スマホを取ろうとしてくる先輩から逃げる。

「あ、こら」

「先輩。駅のホームで走っちゃいけません」

「ちょ、尚だって走ってんじゃん」

「先輩が追いかけてくるから」

「えー」

 先輩は口を尖らせていたが、渋々追いかけてくるのをやめた。まぁ、元々そんなに本気じゃなかったんだろう。

 先輩がベンチに座って、オレも隣に座った。

「いい場所だねぇ」

「ですねぇ」

「なんかその言い方、おじいちゃんみたい」

「えぇ?」

「あ、てか私、尚と一緒に写真撮ろうと思ってたんだった」

「あぁ、撮りますか」

「うん」

 先輩は嬉しそうに頷いて、スマホを構える。けど、ちょっとフラフラしている。

「あ、やば。スマホ落としそう」

「まぁ普段自撮りとかしませんもんね」

「だよね」

「オレが撮りましょうか」

「え、いい?ありがと」

 先輩からスマホを受け取り、海が背景に映るように構える。

「……むずいな」

「ね」

 先輩のスマホだし、絶対落とさないように、と思うと変に緊張した。とはいえ、それを悟られないようにしながらゆっくり角度を調節する。

「あ、いけそう。じゃあ撮りますよー」

「うん」

 カシャカシャ

 よし、たぶんブレてない。先輩にスマホを渡そうとするが、疑問符でも浮かんでそうな表情を浮かべてこちらを見ていた。

「……ん?なんです?」

「尚、『はい、チーズ』って言わないの?」

「あ、忘れてた」

「忘れてた?」

 そんなことある?って先輩は笑う。オレもつられて笑う。なんで忘れたんだろ。

「そんなこともあるっぽいですね」

「尚だけかな」

「いやいやいや。……もう一回撮りましょう」

「えー?」

「はい、チーズ」

「なんか、棒読み」

「え、これに棒読みとかあります?てか、ちゃんと撮れてるか見ましょうよ」

「そうだね」

 スマホを先輩に返し、撮った写真を振り返っているのを覗き込む。

「あ、結構逆光ですかね」

「そうだねー。なんか海だけ、やけに明るい」

「オレ達より海っすね」

「ねー黒い……」

「どうしました?」

「なんか、こんな会話前にもしたよね」

「……あ」

「「林和公園」」

 オレ達は呼吸を合わせて笑った。同じような表情をしていた気がする。

「あー懐かしー」

「綺麗でしたね」

「ね。お団子もおいしかったし」

「先輩の奢りの」

「そう言えばそうだっけ」

「はい。おいしかったな」

「次はうどん食べない?」

「うどん?あるんすか」

「うん。奥の方のお店で。ちょっと早めに行かないと閉まってるかも」

「へぇー行きましょう」

「やった。……桜かな。4月の手前ぐらいから春のライトアップあるんじゃなかったっけ」

「いや、知らないですけど……まぁ先輩がいたら別になんでも楽しいかな」

「え、そんなこと言っても何も出てこないよ?」

「そんなの狙ってませんって」

 冗談にもなりきらないトーンで言った。でもオレは……先輩がいたらなんでもいい、気がする。きっと今日の景色だってオレひとりで来ても、他の誰かと来ても、今日ほど美しくは映らなかったんじゃないだろうか。

 ふと、手が触れた。さっき写真撮ったから距離が近い。先輩はそのまま手を繋ぐ。オレはそれにそのまま従う。

 ……温かい。

「……こんなに近くにいるのに、付き合ってないんだよね」

 先輩は静かにそう言った。どういう意図でそう言ったのだろう。オレは動揺なんかしてない、というように振る舞う。

「え……まぁそうですね」

「下手したら付き合いたてのカップルより距離近いんじゃない?」

「ははっかもしれないっすね」

「ねー」

 なんだ?

 先輩は恋愛感情を持たない、と前に言った。だから、これから、オレ達にとっての何かがこれ以上変わるなんてあり得ない。きっと、先輩にとってはこれは世間話に過ぎなくて、だから……

「じゃあ、付き合ってることにします?」

 何がじゃあ、だよ、と自分で自分にツッコミたくなった。なぜそう言ったのだろう。自分でも自分がわからない。

「え?」

 ほら、先輩だってめっちゃびっくりしてるし。えっと、どうしよう。どう弁解しよう。弁解?別に他意はないはず。

「あ、いや変な意味じゃなくて」

「それは心配してないよー」

 信用しすぎだろ、とも思うが、まぁ安心した。えーと、

「なんか、周りに説明するときに、しやすいかなって。……ただの仲いい先輩後輩ではないでしょ?」

「うん」

「俊介さん、でしたっけ。その人にも会いに来ないでほしい理由にでもしたらいいんじゃないかとか……」

 歯切れが悪い。格好悪い。ただオレは先輩とのふたりで過ごす時間を誰かに奪われたくないだけだ。

「……尚は」

「はい?」

「尚は、いいの?私と尚がそういう関係性だって見られても」

「別にいいですよ」

 探るように、ゆっくりと心配をする先輩にオレは即答した。そんな心配、必要ないのに。

 今更だろ、とも思った。毎日一緒に帰って、手だって繋いで、距離感がバグっているにも程がある、というぐらいにオレ達の距離感は普通ではない。

「じゃあ、私と付き合ってください。草間尚さん」

 先輩は立ち上がり、オレに手を差し出す。

「ははっ喜んで」

 さっきまで繋いでいた手を、また握り直した。

更新遅くなり、すみません。また暫く更新できないかもしれないです。4月手前ぐらいには落ち着くと思うので、それまではかなりの不定期更新になるかとは思いますが、よろしくお願いします。

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