8 宿命
「めっちゃ寝てたね」
「え、あー」
前の席の女子に話しかけられた。
「怒られても、何度も寝るんだもん」
「いや、ははっ」
返し方がわからなくて、軽く笑う。
「先生、しかめっ面でなんか書いてたよ」
「へぇ?まぁいいや。書かせとけば」
オレは教卓の方を一瞥して言う。
「えー?」
あはは、とその子は笑う。まともに話したの、初めてかもしれない……けど、名前、なんだっけ。
「えーと、次なんだっけ」
「次はー……昼休み」
「あぁそうか。ありがと」
「うん」
昼休みか。昼飯……の前にトイレ行こ。
席を立って、彼女の前を通りすぎる。あ。
「起こしてくれてありがと」
右手を顔の前で立てて、軽く会釈する。
「えっいや、ぜんぜん、ぜんぜん」
まさか言われるとは思わなかったのか、びっくりしたような顔をしている。
反応がおもしろくて、少し口元が緩む。オレだってお礼ぐらい言うさ。
オレは前の教室の扉を開ける。で、トイレに行く。…………なんかでかい足音が近づいてくる。トイレが近いやつでもいるのか?
「そーまー!」
「小平。なんなんだ」
「俺もトイレ」
「あ、そう」
「てかさっき、河原さんと話してたじゃん」
「ん?……あぁ」
河原さんか。さすがにそろそろ名前おぼえねぇと。2学期中盤に思うことじゃねぇな。
「仲ええの?」
「え?いや全然」
「おまっ……まぁええわ。なんか、雰囲気似てるし、ワンチャンでもあるんかと思ったのに」
「あのなぁ、小平。異性と絡めば、全部恋愛に発展させるの、やめたほうがいいぞ。さっきも先輩のこと言ってたし」
「え?高校生たるもの、それは宿命なんだ。あきらめろ」
小平はそう言い、オレの肩に腕を回す。重い。
「開き直りやべー」
軽く笑う。小平は数少ない友達だ。気を使わないで済むから楽ではある。オレより少し背の高い小平を見る。
「お前には春がやってきたってのに、俺は……」
顔を両手で覆って泣いたふりをする。背は、高いんだけどな。
「勝手な妄想だし、いまから来るのは冬だ」
「はい。そうでした……」
トイレを済ませてまた教室に戻る、と廊下から教室の様子が見える。ん?
「あれ、おまえ、日直じゃね?」
「え?あっ!!」
声でけぇー。
小平は慌てて、黒板を消しに行く。あ、女子と一緒か。めっちゃ謝ってる……。全然いいって、て感じか。あ、消し終わった。小平はオレの方に苦笑いで歩いてくる。女子は、小平のほうを眺めていて、はっと我に返ったように歩きだした。これはあれか。たぶんおまえのこと、密かに好きな奴いるぞ。絶対言ってやらんけど。オレは一人で半笑いになってた。
………………ん?待てよ。オレのほうこそ、じゃね?異性と絡めば恋愛に発展させてんのは。すまん、小平。偉そうに言っておきながら、オレもその宿命に抗えてすらなかった。