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天才の弟  作者:
79/81

79 電話

 電話してもいい?


 先輩は電話の前に、そうラ○ンをしてきた。さすが律儀というかなんというか。

 もちろん、『大丈夫です』と返信する。ーーと、すぐに電話がかかってきた。

『もしもし』

「もしもし」

 情けなく、オレの声は震えていた気がする。

『うわー変な感じ。今尚と電話してんのかぁー』

「めっちゃ同じこと思ってました」

 耳に直接届く先輩の声は、機械を通してでも先輩の声であることに変わりはなかった。当たり前だけど。

『ははっなんか楽しい』

「それは、よかったです」

『ふふ、じゃあ早速決めますか』

「はい」

 オレの口角は上がっていた。

『……えっとねぇ、海見えるとこどこか探してて、いろいろあるけど、どこにしよう』

「あ、それなんですけど、県跨ぐんですけど、海がめちゃくちゃ近い駅があって、そこに電車でのんびり旅すんのもありかなーっと」

『え……なにそれ最高。え、どこ?それ』

「えっとですね……下○駅です、○媛の」

『あ、見たことあるかも。前にテレビでやってた気がする』

「ほんとですか。オレも前に見たなーって」

『同じ番組かもね。やった。そこにしよう』

「はい」

『時間とかはまた近くなってから詰めるにしても、すぐ決まっちゃったね』

「ははっですねー」

 オレはまだ電話を繋いだままでいたいと思っていた。といっても何を話すべきなんだろう。

『尚、まだ時間大丈夫?』

「え?大丈夫ですよ」

『じゃあなんか、世間話でもしよう』

「はい」

 心を見透かしたように先輩はそう言った。

 オレはなんだか照れ臭くなって、足の指の爪を手でなぞっていた。

『この間夢で、学校で泳いでたんだよね』

「え、プールないですよね」

『うん。まぁ夢だから色々おかしくて、放課後なのに尚に何も言わずにプールで泳ぎまくって、あ、やばいって夢』

「先輩って泳げるんですか?」

『いや、泳げると言えるほど泳げない。クロールはギリギリ泳げるかな、みたいな』

「へぇ、そっか」

『尚は?泳げる?』

「全然。水泳が嫌すぎてプールのないこの学校受けましたもん」

『え、まじで?それが志望動機?ははっおもしろー』

「いやぁ、ほんとに。もうやりたくないですね」

『まぁ私もやりたくないけど』

「うん」

 少し、間が空いた。オレは小さく息を呑む。

『……尚っていつも何時ぐらいに寝るの?』

 ちらっと部屋の時計を見る。今は10時22分。

「オレは……何時だろ。日によるかも」

『あーそういうタイプか。じゃあ2時まで起きてる日とかあるの?』

「あんまないですけど、まぁ夏休み終わる直前とかは」

 宿題が終わってないから。毎年の恒例だ。

『あるあるだねぇ。私は11時には寝るかな』

「あ、健康的だ」

『家がちょっと遠いからね』

「あーですよね。何分くらいかかるんですか?」

『うーん、何分だろ。7時ぐらいに出るんだよね、電車が』

「え、早」

『でしょー。慣れたらいいんだけど。まだ駅から家が近いからありがたい』

「なるほど……毎日お疲れ様です」

『あらあらどうもー』

「てか、大丈夫ですか?電話しっぱなしで。もう10時半ですけど」

『全然大丈夫ー。私、もうこのまま寝れるもん』

「早いな。歯、磨きました?」

『磨いてるよ!突然小学生のお母さんみたいな』

「ははっ確かに」

『尚こそ大丈夫?電話』

「うちは全然。オレには興味ないですから」

『…………』

 なんでもないように言ったつもりだった。けど、そうではなかったみたいだ。余計な一言を言ってしまった。

「あ、全然気にしないでください。うちはうち、よそはよそ、ですから。血だって繋がってるし」

『そう?』

「はい」

 そうだ。先輩の家庭に比べれば大したことはない。うちは本当の親と暮らしていて、それなりにお金のある家で、それなりの暮らしをしている。先輩にわざわざ話すようなことは、あの日に話した兄のこと以上はない。

『でも、血が繋がってるからこそ、厄介なんじゃ……』

「え」

『ううん、ごめん。なんでもない』

「……そう、ですか」

『もうそろそろ寝る?』

「そうですね。なんか、先輩の声聴いてると眠くなってきました」

『え?うそー。じゃあゆっくり眠ってもらって』

「なんか永遠の眠りにつきそうな言い方」

『いやいや、そんなことないよ』

「本当ですかー?」

『ほんとほんと。……私もよく眠れそう』

「そりゃあ、よかったです」

『うん。じゃあ、おやすみ。電話ありがとう』

「いや、こちらこそ。楽しみにしてます。おやすみなさい」

『うん、おやすみ』

「…………」

『…………え、切らないの?』

「オレは、切れるのを待つ派で……」

『私もなんだけど!あはは、切れないじゃん』

 電話の向こうではしゃいでる声がする。オレも気づけば笑っていた。自分の顔、鏡で見るの、こわいな。

「ほんとに……。先輩から切ってくださいよ」

『いやいや、尚が切ってよ』

「えー……じゃあ、切りますよ?」

『うん』

「……切ります」

『だからいいって、もう』

 先輩は小さく笑っていた。オレはまだその吐息と声を聴いてたいと思ったけど、さすがにこのくだりが長すぎるから切らないと。

「おやすみなさい」

『おやすみ』

 そう聴こえたら、そのまま切った。電話が終わった。

 力が抜ける。オレはベッドにそのまま倒れた。思っていた以上に緊張していたのかもしれない。……でも、口角は上がっていた。

 オレは今、幸せだ。

「……おやすみ」

 目を閉じる。……あ、歯磨きしてない。

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