76 執着
「俺達、付き合ってたんだよ」
そう言ってこちらを笑いながら睨んでいた。
「ちょっと、何年前の話だと思ってんの?もう終わったことでしょ」
「終わってない。現に俺は今でも引きずってる」
「え……」
また、唇を噛んでる。先輩は、どんな気持ちで今……。
「そっちは?」
「え」
「そっちは依ちゃんとどういう関係?」
明らかな敵対視。先輩もこちらを見ていた。なんて言う?って純粋な好奇心と、緊張。
「オレは……」
「…………」
「オレと依さんは、毎日手、繋いで帰るぐらい仲良しな関係です」
「…………」
呆気に取られたような表情をしていた。ふたりとも。でも、これが真実だ。
「それは……付き合ってる?」
「……付き合っては、ないです」
先輩と目を合わせてから言う。オレはたぶん、明確な理由がないと嘘はつけない。バカ正直に言ってしまった。
「へぇ……。よくわからんけど、いいんだよな」
「なに」
「俺が依ちゃんを口説いたって」
「はぁ?」
先輩がまた『俊介』を見て言う。どこまで本気なんだ?コイツも、先輩も。
「駄目だと言っても聞かないんでしょ」
「あぁ」
ここまで図々しく間に入ってこようとするとか……どんな執着だよ。本当に、どういう関係なんだよ。
「依ちゃん、連絡先教えて?」
優しく微笑みながら『俊介』はそう言った。オレは不快だった。
「えっと……」
少し困った様子を見せる先輩を見た。
「あの」
「なに」
間に割って入ろうとするオレに『俊介』は冷たく答える。でも、そんなのにいちいち構っていられない。
「今日のところは引き取ってもらえませんか」
「は?なんで……」
「わかりますよね?依さん、困ってます」
「……困ってる?」
やっと、そこで先輩を見た気がした。自分のことばっかりな『俊介』に苛立ちを覚えていた。……同族嫌悪にも近いのかもしれない。
「えっと、ちょっと。また今度にしてもらえたら……」
「……わかった。また来ていい?」
断れないとわかったように聞いた。先輩なら駄目、なんか言うはずない。いや、言えないだろう。
「……うん」
「ありがと!また、来るね」
先輩は曖昧に微笑んだ。オレは先輩にバレないように、軽く『俊介』を睨んだ。
「……もう、来ないでほしい」
「…………」
先輩の独り言に、オレは驚いた。それほどまでに、アイツは何をしたんだ?
「ごめんね、尚」
「いえ、全然」
「ありがと、ああ言ってくれて」
「……連絡先のことですか?」
「うん」
歩きながら、オレは先輩の手に触れた。驚いたように手が動いて、それでそのまま手を繋いだ。いつものように。
「聞いても、いいですか?」
「うん」
「先輩は、あの人とどういう関係なんですか」
先輩はこちらを一瞥して、言う。
「……あの人が言った通り、昔付き合ってた」
少し棘があるように感じた。
「それ以外は?」
「……なんて言ったらいいのかな。ねぇ、今日時間ある?」
先輩は立ち止まり、こちらをじっと見つめて言った。その言葉に青色の、水みたいに透明で、でも僅かに色づいたものがある気がした。
「私、施設育ちって話はした……よね」
「はい、一応」
少し歩いた先の小さな公園で、先輩はカフェオレ、オレはミルクティーを自販機で買って、ベンチに座っていた。人気はない。
「それで、色々あって学校ではいじめられるのは普通で、施設内でもいじめこそ無かったけど、腫れ物扱いで。私、死のうとしてたの」
「…………」
そんなの駄目だ、というよりも先に驚きが勝っていた。……先輩は、強いふりをしていただけなんだ、と改めて実感する。
でも、どうしていじめなんてーー
「施設育ちだって、施設で住んでるのがクラスの子にバレて、それでいつの間にかいじめ、みたいになって。……それだけじゃないけど」
最後にぼそっと言った言葉には気づかないふりをした。突っ込んでほしくはないだろうし。
「まぁいいの、それは。諦めてたし、慣れてしまえばどうってこと、なかったし」
「…………」
とてもそうは思えなくてオレは何も言えなかった。どう相槌を打つのが正解なのかわからなかった。
「でも、『死んじゃえ』って言われたとき、なんでその発想がなかったんだろうって。死んでしまえばもう楽になれる。何も苦しまないで、楽に。だったらって……死のうとした。ーーだけど」
オレはただそれに頷いていた。そんなことを言った奴を怒りたかった。許せないと思った。でも、思ったところで何も変わらない。先輩の過去が変わることはない。
オレは、先輩の言葉を全て受け入れることしかできない。
「そのときに、俊介に会ったの」
ーーやっぱりか。
お互いに傷を持った者同士だったのか。それはなんとなく察しはついていた。あんなにも、先輩に強い執着を見せるんだから。
いくら先輩と言葉を交わして、手を繋いで、距離が縮まろうと、わかり合えないことはあるだろう。それも、『俊介』となら違っていたのかもしれない。
オレと先輩が特別な関係でも、先輩と『俊介』も他とは違う特別な関係に違いはないんだろう。




