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天才の弟  作者:
76/81

76 執着

「俺達、付き合ってたんだよ」

 そう言ってこちらを笑いながら睨んでいた。

「ちょっと、何年前の話だと思ってんの?もう終わったことでしょ」

「終わってない。現に俺は今でも引きずってる」

「え……」

 また、唇を噛んでる。先輩は、どんな気持ちで今……。

「そっちは?」

「え」

「そっちは依ちゃんとどういう関係?」

 明らかな敵対視。先輩もこちらを見ていた。なんて言う?って純粋な好奇心と、緊張。

「オレは……」

「…………」

「オレと依さんは、毎日手、繋いで帰るぐらい仲良しな関係です」

「…………」

 呆気に取られたような表情をしていた。ふたりとも。でも、これが真実だ。

「それは……付き合ってる?」

「……付き合っては、ないです」

 先輩と目を合わせてから言う。オレはたぶん、明確な理由がないと嘘はつけない。バカ正直に言ってしまった。

「へぇ……。よくわからんけど、いいんだよな」

「なに」

「俺が依ちゃんを口説いたって」

「はぁ?」

 先輩がまた『俊介』を見て言う。どこまで本気なんだ?コイツも、先輩も。

「駄目だと言っても聞かないんでしょ」

「あぁ」

 ここまで図々しく間に入ってこようとするとか……どんな執着だよ。本当に、どういう関係なんだよ。

「依ちゃん、連絡先教えて?」

 優しく微笑みながら『俊介』はそう言った。オレは不快だった。

「えっと……」

 少し困った様子を見せる先輩を見た。

「あの」

「なに」

 間に割って入ろうとするオレに『俊介』は冷たく答える。でも、そんなのにいちいち構っていられない。

「今日のところは引き取ってもらえませんか」

「は?なんで……」

「わかりますよね?依さん、困ってます」

「……困ってる?」

 やっと、そこで先輩を見た気がした。自分のことばっかりな『俊介』に苛立ちを覚えていた。……同族嫌悪にも近いのかもしれない。

「えっと、ちょっと。また今度にしてもらえたら……」

「……わかった。また来ていい?」

 断れないとわかったように聞いた。先輩なら駄目、なんか言うはずない。いや、言えないだろう。

「……うん」

「ありがと!また、来るね」

 先輩は曖昧に微笑んだ。オレは先輩にバレないように、軽く『俊介』を睨んだ。

「……もう、来ないでほしい」

「…………」

 先輩の独り言に、オレは驚いた。それほどまでに、アイツは何をしたんだ?

「ごめんね、尚」

「いえ、全然」

「ありがと、ああ言ってくれて」

「……連絡先のことですか?」

「うん」

 歩きながら、オレは先輩の手に触れた。驚いたように手が動いて、それでそのまま手を繋いだ。いつものように。

「聞いても、いいですか?」

「うん」

「先輩は、あの人とどういう関係なんですか」

 先輩はこちらを一瞥して、言う。

「……あの人が言った通り、昔付き合ってた」

 少し棘があるように感じた。

「それ以外は?」

「……なんて言ったらいいのかな。ねぇ、今日時間ある?」

 先輩は立ち止まり、こちらをじっと見つめて言った。その言葉に青色の、水みたいに透明で、でも僅かに色づいたものがある気がした。



「私、施設育ちって話はした……よね」

「はい、一応」

 少し歩いた先の小さな公園で、先輩はカフェオレ、オレはミルクティーを自販機で買って、ベンチに座っていた。人気はない。

「それで、色々あって学校ではいじめられるのは普通で、施設内でもいじめこそ無かったけど、腫れ物扱いで。私、死のうとしてたの」

「…………」

 そんなの駄目だ、というよりも先に驚きが勝っていた。……先輩は、強いふりをしていただけなんだ、と改めて実感する。

 でも、どうしていじめなんてーー

「施設育ちだって、施設で住んでるのがクラスの子にバレて、それでいつの間にかいじめ、みたいになって。……それだけじゃないけど」

 最後にぼそっと言った言葉には気づかないふりをした。突っ込んでほしくはないだろうし。

「まぁいいの、それは。諦めてたし、慣れてしまえばどうってこと、なかったし」

「…………」

 とてもそうは思えなくてオレは何も言えなかった。どう相槌を打つのが正解なのかわからなかった。

「でも、『死んじゃえ』って言われたとき、なんでその発想がなかったんだろうって。死んでしまえばもう楽になれる。何も苦しまないで、楽に。だったらって……死のうとした。ーーだけど」

 オレはただそれに頷いていた。そんなことを言った奴を怒りたかった。許せないと思った。でも、思ったところで何も変わらない。先輩の過去が変わることはない。

 オレは、先輩の言葉を全て受け入れることしかできない。

「そのときに、俊介に会ったの」

 ーーやっぱりか。

 お互いに傷を持った者同士だったのか。それはなんとなく察しはついていた。あんなにも、先輩に強い執着を見せるんだから。

 いくら先輩と言葉を交わして、手を繋いで、距離が縮まろうと、わかり合えないことはあるだろう。それも、『俊介』となら違っていたのかもしれない。

 オレと先輩が特別な関係でも、先輩と『俊介』も他とは違う特別な関係に違いはないんだろう。

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