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天才の弟  作者:
75/81

75 牽制

 送ると言っても拒み続ける先輩を強要してまで、家まで行くのは流石にまずい気がして、結局折れたのはオレの方だった。

「もう大丈夫だから、心配しないで」

 そう言って先輩は笑った。曖昧なこの関係で相手の個人情報的なものを探るのには気が引けたから。だからこれ以上踏み込めなかった。

「……帰ったら、連絡ください」

 拗ねた子供のようにオレはそう言った。そしたら、先輩はまた笑った。

「うん。電話するよ」

 屈託のないその笑顔に、オレはまた絆されるのだろう。



 先輩と別れた。オレたちは結局昼飯を食べることなく解散した。そのうち、埋め合わせでもするんだろうか。

 ポケットに手を突っ込み、チャリ置き場まで歩く。マフラーに顔をうずめながら。

 ……あれは。あの感情は。嘘であってほしい。ーー先輩みたいに、わかりやすいトラウマのようなものがあることを羨む、なんて。ある種の嫉妬だったのだろうか。

 何もない自分を突きつけられるようだった。

 ……わかってる。先輩にとってあれは無くなって欲しいのに、無くなることがないものであること。

 馬鹿みたいだ。いや、実際馬鹿だ。こんな感情無くなってしまえば何もかも上手くいく。……上手くいく。わからない。何が上手くいく?

 ……それに、あのときの彼。あれは、アイツはなんだ。先輩とどう関係がある?昔の友人。元カノ。あるいはストーカー。


 やっと見つけたのに


 あのときの言葉。

 でも、初めは先輩が誰なのかはわかっている訳では無さそうだった。ということは、普通に悪い奴じゃない。むしろいい奴。

 悪い奴なら、問答無用で近づけさせたりしないのに。



 オレはアイツがまた来るんじゃないかと内心ヒヤヒヤしながら学校に行った。昼休み。放課後。先輩とはちゃんと今まで通り一緒に帰った。でも、アイツの姿はどこにも見当たらなかった。

 正直、ほっとした。よかった、いない。ならまだ大丈夫。その場だけの安心感だけを求めて。

 それを何度繰り返しただろう。もう数えてはいない。

 そうやって、毎日をやり過ごしたところで、こういうことは大抵忘れた頃に、穏やかで幸せな頃にやってくるんだ。


「依ちゃん」

 ほら、やっぱり。来た。そんなことはわかっていたはず。心臓がざらざらしている。

 先輩が隣で立ち止まる。瞬き一つせずに彼を凝視していた。

「え……俊介?」

「うん。久しぶり」

 彼女は久しぶりの再会を喜んでいるようにも見えたし、逆に嫌がっているようにも見えた。オレは、そんな複雑な表情ができることに客観的に感心していた。

 このふたりの、ふたりだけの関係を知って、どうしろっていうんだろう。……どうしろも何も、オレが勝手にどうにかしたいだけなんだろうな。

「あ、尚。この人は……」

 紹介しようとする先輩を一瞥して、オレは『俊介』を見て言う。

「お久しぶりです」

「あのときは……どうも」

 探るような瞳だ。なんとなくそう感じた。笑顔は崩さない『俊介』は器用な人間なんだろうな、と他人事のように思った。

「え、ふたり知り合い?」

「この間……ちょっと話しただけですよね」

 オレは必死で笑顔を作りながらそう言う。わざわざあのときのことを中途半端に思い出させる訳にもいかない。わかるだろ?あんたは。

「そう。道に迷って教えてもらったんだ。彼、いい人だね」

 そう言う『俊介』は、にこっと音が聞こえてきそうなぐらいの笑顔を先輩に向けた。オレが過剰に気にしすぎてるだけかもしれない。そう思いたかったけど、きっとこれは気の所為ではない。

「えっと……どうしてここに?」

 会話が途切れたタイミングで先輩が聞く。オレはなんとなくその理由は察しがついていたが、それが勘違いであってほしくて、現実逃避のように瞬きをする。いつもより長く。

「もう一度会いたくて」

 ……あぁ、と思う。そうだよな。わかってた。でも、そうじゃない未来であってほしかった。

「え?」

 まっすぐそう言う『俊介』に、先輩は引き攣った笑みを浮かべていた。照れている訳ではなさそう。怖がっている訳でもなさそう。この顔はきっと、そういうのじゃなくて、ただ微妙な知り合いにたまたま会って、何を話せばいいのかわからない、みたいな。

「えっと……」

 口籠る先輩に『俊介』はまた笑顔を浮かべる。

「依ちゃんは、寂しくなかった?あんな別れ方して。……俺はずっと会いたかった」

「……そう、だよね」

 先輩は目を伏せた。唇を噛んでは、それに気づいて戻す。表情に、困っている。

「どういう、ご関係だったんですか」

 オレはたまらず口を挟んだ。察しはついている。

「あぁ、そっか。君は知らないんだ」

「ちょ、その言い方……」

 先輩が慌てて『俊介』を止めようとする。オレは『俊介』の心の奥が手に取るようにわかった。


「俺達、付き合ってたんだよ」


 コイツは、先輩が誰かの隣にいるのが嫌で嫌で仕方ないんだ。

先日、短編の『天国と地獄〜地獄と言われた善人と騙された悪人〜』という小説を書きました。死後の世界を全て私の妄想で書きました。よかったら読んでくださいね。

それからもしよかったら、ブクマやリアクションを貰えるとすごく嬉しいので、ぜひやってもらえたらと思います。私のモチベになります。

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