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天才の弟  作者:
74/81

74 なんでもいいから

 

 ガシャン


 駅を少し過ぎた辺りで派手な音が聞こえてきた。何気なくそちらを見る。ーーと思ったよりも凄惨な現場だった。

 見るからに、事故。

 2台の車が正面衝突したのか、というぐらいにボンネットがへこんでいる。乗っている人も多少怪我をしているようだけど、無事らしい。

 ならいい。ーーはずなのに。

「先輩……」

 息を呑んだ。隣で唇を震わす先輩がいた。まばたきを忘れたようにずっとその事故現場を見たまま動かないで。

「はぁ、はぁ、はぁはぁはぁ、はぁ」

 過呼吸を繰り返して。

「先輩?」

 そっと背に触れる。それに気付く様子もなく、じっとそれを見て立ち尽くしている。

「先輩、先輩、先輩?……先輩!」

 声を掛けても掛けても反応を返さない先輩にオレは大声を出す。その声にはさすがに先輩は気付いたようで、こちらをゆっくり見た。その表情は、強張っている、なんて生易しい言葉で表現できるものじゃなかった。オレに笑おうとして笑えなくて、誤魔化そうとして、余計に歪んだ、もう泣き出しそうにも見える、いつにない表情だ。

「先輩、大丈夫、ですか?」

 そんな言葉しか出てこない自分に嫌気が刺す。大丈夫と聞かれたら大丈夫と答えるしかできないじゃないか。

「だ、大丈夫……」

 オレから目を離し、もう一度その現場を見た先輩は、耳を塞いで座り込んだ。腕も足も、震えている。

「…………」

 何も、言えない。

 オレは先輩の隣に同じように座り込むだけだった。背中をさすりながら。それしかできない。……いや、何をどうするのが正解なのか、わからないだけだ。

 どうすりゃいい?このまま先輩が落ち着くのを待てばそれでいいのか?本当に?

「大丈夫ですか?」

「え……」

 知らない誰かが話し掛けてきた。そりゃそうか。こんなただの歩道で座り込む奴がふたりもいれば。

 高校の制服を着た男。いかにも優しそうな、善人そうな人。けど、この制服見た記憶ないな。

 先輩は相変わらず顔も見せないままである。

「どこか、人気のない場所まで移動しますか?」

「あ、はい」

 そうだ。こんな目立つ場所にいたところで落ち着けるはずもないよな。

 とても歩けそうにない先輩をオレは抱えた。まるで、小さい子どものように首にしがみついてくる。こんな状況でそれを喜ぶなんて、オレもどうかしている。

 その『彼』を見る。移動といってもどこに移動するべきかわからないから、とりあえず。ーー彼は、オレの抱えた先輩を凝視していた。初めは、オレが躊躇いもなくそうしたことに対してかと思ったが、違いそうだ。明らかに先輩を見ている。まさか一目惚れをしたとは言わないよな?

 なんだ、と聞こうとしたところで彼と目が合った。

「駅の裏、とかに移動しましょうか」

「あぁはい」

 彼は冷静だった。



 彼女を移動させ、暫く背中をさすった。静かな時間が流れれば流れるほど、余計な感情が出てくる。……心配なのに。彼女のことが心配で仕方ないのに。なんだ、この感情は。これは、脳の誤作動だったらいいのに。


 プルルルル プルルルル


「あ……」

 彼が変な顔をしている。スマホが鳴っている。

「出てもらって大丈夫ですよ」

「あ、すみません」

 彼はオレ達に背を向け、少し離れた。

「ごめんって、もう帰る。心配せんとって。……おぉ大丈夫、帰るけん」

 ブツッと彼は電話を切る。若干イライラしている気がする。

「やっと見つけたのに……」

 小さい声だったからそれが本当にそんな言葉だったのかはわからない。でも、オレにはそう聞こえた。

「あの……ありがとうございます。多分もう大丈夫だと思うので、元気になったらオレが連れて帰ります」

「え……あぁすみません」

「いやいや、こちらが助けてもらった側なので」

 オレは必死に笑みを浮かべる。なぜそうしたのか。ただの人に対する敬意、だけではない。ーーオレはこの人を早く帰したかった。なんとなく。親切にしてもらったくせにそんなことを思っていた。

「じゃあ、あの帰りますね」

「はい。ありがとうございました」

「……また、来ます」

「…………」

 彼はそう言い、オレに背を向けた。

 ……なんだ、あの言葉。あれは、なんだ。


 やっと見つけたのに……


 あれはきっと聞き間違いではないんだろう。あの人は、先輩を知っているのか。昔の知り合いか何か。因縁でもあるんだろうか。……まぁいいか。考えてもどうしようもない。きっといずれわかる。わからなかったら聞けばいい。答えてくれるかはわからないけど。

 先輩の頭がこっちに傾いてくる。……寝てる?抱き寄せるように彼女の肩を抱えた。

 このまま、このままでいよう、先輩。

 先輩の頭に自分の頭を軽くのせる。ほんの少し温かかった。もう、なんでもいいからさ。何も言わなくてもいいから。そばにいれば。オレは彼女にとっての、そんな存在になりたかった。



「ん……」

「先輩」

 眠っていた先輩が起きる。

「ごめん……」

「いえ、全然」

「誰か、いた……よね」

「……はい。少し助けてもらって」

 いない。

 そう言いたかった。言えなかった。オレは嘘がつけない。誰のためにもならない嘘を。

「そっか。お礼言いそびれちゃったな」

 先輩は眉を下げて笑った。

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