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天才の弟  作者:
69/81

69 素、またはふり

 今日は久しぶりにひとりで帰る。いつもと同じ道なのになんか……違って見える。早く帰ろう。

「あれ、草間?」

 背後から声を掛けられる。ゆっくり振り返ると見慣れた顔の奴がいた。

「あぁ小平」

「やっほ」

 小平は小走りにやってきてオレの隣に並んだ。

「小平って部活やってたか?」

「やってねーよ。おまえが一番知ってるだろうよ」

「ははは、そうだな」

「つーか今日先輩は?」

「今日はなんか用事あるって」

「へぇーそっか」

「……って聞いてこないんだな。根掘り葉掘り」

「何を?」

「何をって……先輩のことだよ。前はそういうこと興味津々だったじゃんか」

「あぁそうか。聞いてほしいんだな?」

「そういう訳じゃないけど」

「ははっ……なぁ、草間。ちょっと話せるか?」

「え?今話して……ってそういうことじゃないか」

「おまえに、話聞いてもらいたい」

 小平がいつになく真剣な表情を浮かべていた。オレはそれを断るなんてできるはずもなかった。



「…………」

「…………なんか、話せよ」

「あぁ、うん……」

「…………」

 コンビニのイートイン。目の前の小平は今まで見たことのないくらい、悩んでいるようだった。目の前の買ったコーヒーをちびちびと飲んでいる。そういやコイツ、ふざけてること多いし、なんかイメージないけど余裕でブラック飲めるんだよなぁ。……にしても全然話さない。

「まぁ、いいけどさ、話さんくても」

 オレは半ば独り言のように言う。

「やっぱ草間っていい奴だよなぁ」

「今更か?」

「今褒める気失せたわ」

 ははっと乾いた笑いを漏らした小平だけど、やっぱり元気がなさそうだった。

「……俺って、酷い奴?」

「……は?」

 想定していなかった質問にオレは聞き返す。

「だから、俺って酷い奴なのかって」

「ちょ、待て待て待て。どういうことだよ?なんで?」

「……なんでもだよ」

 小平は俯いたまま、そう答えた。オレはそれがたまらなく不快だった。

「いや、だからなんでそう思うのかって」

「……ちょっと、そう思うことがあって」

 まだ俯いたまま、そう言う。

「ーー誰に言われた」

「それは……」

 小平は口籠る。オレはそれを見て腹が立った。コイツにこんな思いをさせる奴に。

「誰だ」

 言いたくないのかもしれない、とは思った。でも、聞かずにはいられなかった。

「……母さん」

 息を漏らすようにそう言った。てっきり同級の奴かなんかかと思っていたけど、まったくの見当違いだったみたいだ。

「そう、か……」

 確かに微妙に言いづらい相手。親を完全な悪者にはしたくない、子供の心理か。一番近い血縁関係だからこそ切り離せない。

 ……そうだ。小平が部活をしない理由。いつだったか、教えてくれたことがあった。シングルマザーだって。だから家のことはしないといけない。そう言って笑っていた。……あの笑顔は、無理して作られていたものだったのか。

「ひとつ、先に言っとく」

「ん?」

「オレは小平が酷い奴だとは思わない。思えない。ちょっとお調子者の、素直ないい奴。だから、その心配はすんな」

「……あー……そう。そうだな。そうだよな。俺、草間なら俺のこと、ぞんざいに扱ったりしないから、俺を否定しないから、言った」

「否定しねぇよ」

「うん。……俺、よく彼女ほしいとか言ってたじゃん」

「え?あぁそうだな」

 突然彼女、という単語が出てきて戸惑った。

「あれ、嘘じゃないんだけど、人を好きになれる自信もないんだ」

「…………」

「俺は自分を認めてくれる、好きでいてくれる。そんな人がいてほしいけど、でも、俺も誰かを本気で好きになって、もし付き合えて?それで、いつか別れるとか想像したら、とてもじゃないけど耐えられないと思うんだ」

「うん」

「俺、好かれたいけど、本気で好きになられたくない。なりたくない。いつか、壊れんなら、最初からない方がいい。……嫌われたくない」

「大丈夫だから、小平。オレは嫌いになったりしないから」

「……ほんとに頼むよ?俺もうすでにおまえに嫌われたら耐えられないぐらいに、おまえのこと認識してるから」

「それはそれは光栄です」

「はははっ」

 少しふざけたように言うと小平は笑ってくれた。それに少し安心する。ただその笑顔を見て気になったことを思い出した。

「……なぁ、今日帰り遅いのって……」

「勉強してたんだよ……って何その目。嘘ではないんだけど」

「まぁそうか」

「なんか家にひとり嫌だと思って。……つっても学校もあんま人いなかったけど」

「まだ一応一年だしな。まだ部活やってる人のが多いから」

「そうそう」

「結局、何があったんだ?」

「いーや、大丈夫!もう十分話聞いてもらったわ」

「いや、全然なんだけど。どうしてそうなった訳?それは教えてくんねぇの?」

「言わない。草間の中で俺の親が悪者になっちゃ悪いし」

「……すげぇよな、おまえ」

 オレは小平の言葉を聞き、ただ普通に尊敬した。ここにきて、小平は親の周りからの評価さえ気にすることができるのか。……学校では馬鹿のふりをしているだけなのか。思っている以上に考えてるし、客観視できるし、想像までできるのか。……すげぇな。

「え?」

 それなのに小平は間抜けな顔をしていた。そうだ。これが、小平だ。

「いや、なんでもねぇわ。それもいいとこだってだけ」

「は?」

 完全に頭にハテナマークを浮かべた小平を見てオレは笑った。小平もそれにつられて笑う。

 オレが今日初めて気づいたことは、小平にとっては当たり前のことだったみたいだ。そんな小平に信頼されているのが、嬉しかった。

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