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天才の弟  作者:
68/81

68 それから

 あれからというもの、オレ達は自然と手を繋いで帰るようになった。なぜかは知らない。ただいつも通りの会話と歩く速度で、手を繋ぐことだけが違っていた。

 ーー寒いから。

 これは理由でもなんでもないかもしれない。でも、オレと先輩、共通した理由はこれひとつだろう。

 でも、やっぱり期待はしてしまっている。

 毎日というぐらいに手を繋いでいれば、もうただの先輩後輩に思えるはずがない。それなのに……なんだろう、この違和感は。何かが、違っていた。

「じゃあ、また来週」

「はい。気をつけて」

「うん。尚も」

 そこで手を離した。

 きっと周りはこのバカップルが、とかなんとか、思っていることだろう。

 まぁ、でも人が多くなければ、当たり前のように手は繋いだままだった。電車の中でも。

 それが、オレ達の普通になりつつあった。



「草間くん」

「え、な、なに」

 朝学校に来ていつものように席に座っていると、河原さんがすごい至近距離まで顔を近づけてきた。なんだ、なんなんだ。

「あの先輩と付き合ってるの?」

「は?いやいや、なんで」

「だって、昨日見ちゃったの。手、繋いで帰ってたよね。ね、いつから?いつから?」

「ちょ……一旦声、抑えようか」

 オレは必死に口の前で人差し指を立てる。周りがめちゃくちゃこっちを見ている。

「えっと、大前提として、先輩と付き合ってない」

「……え?なに言ってるの?」

 河原さんは呆れたようにこちらを見下ろす。オレが座ってて、河原さんは立ってるから当たり前の構図ではあるんだけど。

 なぜ当事者のオレの言葉を嘘だと考えるんだ。

「だから、付き合ってない」

「いやいや、そんな嘘で誤魔化されるような奴じゃないんだけど」

「いや、ほんとに付き合ってないんだ」

「……え?ほんとに?」

 オレの微妙な表情でやっと察したらしい。遅いわ。オレは嘘なんか、全然言ってないってのに。

「うん、付き合ってない。まじで」

「え、じゃあ、なんで手、繋いでたの?」

「あー……」

 オレにもわかんねぇよ。なんで手ぇ繋いでたかって?オレが聞きたい。

「わかんねぇ……」

「……え。どうしたらそんな状況になんのよ」

「それもわかんねぇ」

「でも、恋人じゃないのは確かなの?向こうは付き合ってるつもりとかはないの?」

「ない」

「え、即答」

「ないから」

 思い返す。先輩と一緒に帰ったときのこと。

 ……やっぱりその手の好意を感じたことはなかった、と改めて認識する。

 だから、きっとそう。恋人ではない。期待してないと言えば嘘になるけど。……ここ最近、この思考を何度したんだか……。考えたって結論はいつも同じなのに。

「それで……いいの?」

「いいって、なに?」

 オレはとぼける。反射的に。それが、防衛本能なんだろう。

「付き合いたいって、思わないの?」

「……思うよ」

 切実に、これが、本音だった。オレはきっと、先輩の特別になりたかった。オレが思う『特別』は恋人になることだった。

「だったら」

「駄目だよ」

 優しい声が漏れた。自分で思ったよりもずっと。

「駄目だ。オレは、先輩を無意識に傷つけるのだけはしたくない」

「……そう」

 河原さんは小さく頷くとそのままオレに背を向ける。が、振り返って言った。

「なんかあったら、相談ぐらい乗ってあげる。前にキミを騙すようなマネ、しちゃったから。それぐらいは」

「……あぁ、そっか。ありがとう」

「うん」

 河原さんは次こそオレに背を向け、去っていった。

 久々に話したな。



「お疲れー。部活終わり?」

「あれ。ここで待ってたんですか?」

 部活が終わり、リュックを背負い帰るぞ、というときに、美術室とトイレの間の廊下で話し掛けられた。すぐそこには長いベンチがある。

「うん。勉強疲れちゃって」

「ですよね。毎日偉いです」

 軽く頭を下げる。

 先輩も、どうもどうも、と頭を下げる。

「あ、そうだ」

「ん?」

 歩き出してすぐ、先輩が思い出したような声を上げる。なんだろう。

「明日用事あるから、一緒に帰れない」

「あ、了解です。気をつけてくださいね」

「小学生じゃないんだから」

 あはは、と先輩は笑う。

 まぁ、オレの思う『気をつけて』をわかってないからだろうな。きっとまた、誰かのための行動だろう。

「でも、そっかぁ。ちょっと寂しいですね」

「そう?」

「え、はい。最近は本当にずっと一緒に帰ってて、え、ちょいと寂しくないですか?」

 オレだけなのか、とそれはそれで寂しくなる。

「うん。寂しい」

 先輩はあっさりと頷いた。それは嘘には思えなかった。思いたくなかった。

 落ちていく夕日が視界を覆う。眩しくてあったかくて寂しい。

「今日も、いいですか?」

 校門の外に出た後、先輩はそう言った。右手をこちらに差し出しながら。

 オレは迷わずそこに手を伸ばす。

「もちろんです」

 先輩は穏やかに微笑んだ。

 先輩の右手は冷たかった。

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