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天才の弟  作者:
64/81

64 ありがとう

「たぶん、尚が一番知りたいってことは、やっぱまだ言えないんだけど」

「一年後……って言ってましたよね」

 言われた日のことを思い出しながら言う。あのときから一年後って、あれ?いつだろ。

「うん。それまで待ってて」

「よくわかってないけど、わかりました」

「なにそれー。まぁそんな感じでよろしく。……朝、弁当自分で作ってるって話したじゃん」

 ふざけた口調から少し真面目な感じになる。

「はい」

「あのタイミングで言うつもりはなかったんだけど、いずれは言おうかなって思ってたことで……もう今日言ってしまおうかなと」

「なるほど……」

 なんで突然『私のこと知りたい?』なんて言い出したんだろうと思ったらそういうことか。

「あ、あんまり構えないでね。そんな重たい話、ではないと思うから」

「あ、はい」

「じゃあ……どこから話そうかな」

 先輩は少し考え込む。オレはその隣で少し緊張していた。どんな話が待っているのか、と。

「私、親が死んでるの」

 いない、とか、そんなふうにオブラートに包むことなく、直球にそう言った。親が死んでる。

 驚かなかった訳じゃない。けど、自分で弁当を作ってるという時点で考えた可能性だったから、変なリアクションはせずにそのまま聞く。

「確か3歳ぐらいのときだったかな。交通事故で。私だけ無事で、思い出とか、覚えてはないんだけど、あの光景は……忘れられるものじゃなくて……。その……そっから暫くは施設で育ったんだけど」

 思い出して辛い、という感じではない。どちらかと言えば申し訳ない、というような感じで先輩は柔らかく喋る。気遣いの塊。

「今一緒に暮らしてる旭さんって人が中2のときに引き取ってくれて、あ、遠い親戚の人なんだけど、めちゃくちゃいい人で」

 オレは頷く。声を発するのは何か違う気がして、でも聞いてますってことだけは、わかってほしくて。

「弁当まで作ってもらうのは申し訳なくて、私が勝手に作ってることで、だから、心配はしなくて大丈夫」

 先輩が言いたかったことはこれか。心配させてると思ったから。……いいのに、そんなの。これは本当に『話そうと思っていたこと』なのか?

 それでも、やっぱり話してくれたのは嬉しかった。何も知らないよりはいい、とそう思うことにした。

「わかりました。でも、多少は心配します」

「うん……え?なぜに」

「さすがに毎日弁当作って疲れてない、はないでしょ。無理はしてほしくないので、多少、止めることはあると思います」

 先輩はまた、あの今朝のような泣きそうな顔で笑った。

「尚はほんと、優しいよね」

 オレはその表情に気づかないふりをした。

「そんなことないですよ」

「いや、そんなことはない」

「いやいや」

「……私、本当に今、幸せなんだ」

「…………」

 なんか、雰囲気が普通の高校生とかけ離れている気がする。もっとテキトーに、幸せがなんだとかじゃなくて、ただ目先のことで精一杯で、進路とかなかなか考えられなくて……そのはずなのに、先輩は全然違う。普通のふりをした、すごい人。……そんなこと、ずっと前からわかってたはずなんだけどな。



 何事もなく一月が終わった。二月。如月。一年生もあと一ヶ月ちょっとで終わる。それを特段悲しいとも嬉しいとも思わなかった。

 いつも通り部活に向かう。まだ三年生に向けてのプレゼント作りだ。

「こんにちはー」

「あ、こんにちはー。あ」

 長間先生はにこやかに挨拶すると、そのまま何かに気づいたみたいでいなくなる。

 近くにいる小柳は小さい紙を真剣に見ていた。なんだ?とか思ってたら長間先生が帰ってきて、小柳が持っているような大きさの紙をオレにも渡した。

「え、これって……」

「市の美術館に飾ったでしょ?それで一般の方が書いてくれたやつ」

 左上がホチキスで留められた二枚の紙。



 めちゃくちゃ綺麗で見入ってしまいました。好きな絵です。


『水面』 ○○高校 草間尚さん



 一枚目にそう書かれていた。シンプルな一文。二枚目を見る。



 色鮮やかな水面に、モノクロの部分をあえて作っているのがすごくかっこいいと思いました!これからも活動がんばってください!


『水面』 ○○高校 草間尚さん



 目元が熱くなって、オレは必死で意識を逸らした。でも、また手書きのその文字を見てしまう。

 ……やべぇ。めちゃくちゃ嬉しい。

 わざわざ絵のタイトルと、学校名に名前まで書いて、感想をくれた。どこの誰なのか、まったくわからないけど、それでも……いや、だからこそ、めちゃくちゃに嬉しい。贔屓目無く、そう思ってくれたんだ。こんな幸福なことはないだろう。

 ……これを書いた人はなんてことない気持ちで書いたのかもしれないけど、これだけで、もうオレは救われた気がする。


 きっと、尚の絵を好きな人もいる。


 あぁ、本当先輩にはどんだけ世話になったか。……本当だった。あのときに先輩が言ったこと。優しい言葉を向けてくれても信じきれない自分がいたけど、少し自分を受け入れられた気がする。

 ありがとう。ありがとう。ありがとう。……生きててよかった。

 大袈裟だろ、とも思うけど、本当にそう思ったんだ。

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