63 知りたい
「……どうも」
「え?あ、荒木」
「ども」
美術室前で掃除が終わるのをぼーっと待っていると、荒木が隣に並んでいた。
「今日は来たんだ」
「うん。冴がうるさくて。通知の数、化物だった」
「あーやりかねんな」
「そう」
ゴミが集められていくのを眺めていると、荒木が眉を寄せてこっちを見ていた。え、なに。
「えっとー……荒木さん?」
「なんか、いつもと違う匂いがする」
そう言ってオレに近寄ってくる。なんだなんだ。
「え、ちょこわいって」
「あ、彼女できたんか」
「できてない。つーかいつもと違う匂いってなに!くさいのか?」
「いやそんなことはない」
「あ、そう。すごい絵面になってっけど」
時々距離感バグるの、なに?なんか、変態みたいになってるし。野生の獣?
「あー結弦なにやってんの?彼女持ちの人に」
そう言ったのは言うまでもなく小柳だ。ニヤニヤしながらやってくる。
「彼女いないってば……」
「あれ、そうだっけー?」
「君ら、個性強すぎだろ……」
やっぱ美術部って変な奴しかいねぇの?
「一年生の中に美専行く人っているの?」
タイルを固める作業をしている最中、岡本さんがオレ達に向けて聞いてきた。
小柳と荒木と顔を見合わせる。
「いや、いないらしいですよー。ですよね、先生」
「そうなのよ、今年はいないの」
「へぇーそっか。いないのか」
岡本さんは意外だ、とでも言いたげにそう言った。
「私、てっきり草間くんは美専にいくんだと思ってた」
「え?なんでですか?」
思わぬ言葉に一瞬、心臓が止まった。オレはなんでもない感じで理由を聞く。
「なんでって……なんとなく」
「いきませんよ」
オレはなんとなく岡本さんから目を逸らし、うっすらと笑った。
「草間クンは理系らしいですよー」
「へぇ、そうなんだ。冴ちゃんと結弦ちゃんは?」
「文系です!結弦は理系だったよね?」
「うん」
「そっかそっか。理系は苦しむぞー」
岡本さんがそう言いながら笑う。そういや先輩もそんなこと言ってたっけ。もう今更変えられないけど。
「どうかした?」
「え、なにが」
「どーせ彼女のこと考えてたんでしょ」
「え、草間くん、いつの間にか依ちゃんと付き合ってたの?」
「いや、付き合ってませんから」
高校生って皆、恋バナ好きなのか?
「え!岡本さんって草間くんと仲良い先輩と仲良いんですか?」
やっと彼女じゃないことをわかってくれたみたいだけど、そのなんか『仲良い』が渋滞してるな……。
「うん。めちゃくちゃいい子ー」
「へぇー。確かに見かけたとき、優しそうな雰囲気漂ってたなー」
「かわいい先輩だった」
岡本さんとか小柳が先輩のことをそう言うのはわかるけど、荒木も先輩のこと知ってるのはなんか意外だ。
「え、荒木も知ってるんだ?先輩のこと」
「うん。何回か見かけた」
「そうなんだ」
じゃあ、先輩と一緒にいるとこ見られてんのか。まぁ別に悪い気はしないけどさ。なんていうか……照れ?
「草間くん、純粋に疑問なんだけどさ」
「え、なんですか」
岡本さんが真剣な顔してこちらを見ている。何を言うつもりだ?
「普段、依ちゃんといるときってどんなこと話してんのかなーって」
「え……どんな?」
「うん」
どんなこと話してる……って、あれ?何話してたっけ?
今朝は……ちょっと事故りかけたな、そういや。その前、散財しなさそう、みたいな。あとは……弁当、自分で作ってるんだって。これはオレが勝手に話していいことじゃないな。
「えっと……なんか、散財しなさそう、みたいな」
「うんうん……ってどんな話だよ!」
さすが小柳、ノリがいい。
「いや、なんか朝、そんな話になったんだよ」
「え、朝?朝からデートでもしてたの?」
「違いますよ……電車が同じだからたまたま会うことが多くて」
「へぇー」
「いいねぇー」
小柳と岡本さんがニヤニヤしてる。なんだよ、もう。
「どういう経緯で仲良くなったの?ふたりは」
静かに話を聞いていた荒木が突然そんなことを聞いてきた。しかも結構話しづらい内容。
「どういう経緯……って、なんでオレ、こんなに質問責めされてんの?」
「えー?それは聞きたいから」
「もういいでしょ。はい、この話終わり!」
「えー」
残念がるのに気づかないふりをした。
「尚ーおつかれー」
「先輩こそお疲れ様です」
部活が終わってオレと先輩は一緒に帰る。
「田辺先生って知ってる?」
「あぁ数学の先生ですよね」
「そうそう。数Ⅱの先生なんだけど、めちゃくちゃ眠いじゃん?あの先生の授業」
「あー眠いですよね。結構寝落ちしてます」
「だよね。今日の授業で先生も眠かったみたいで残り5分ぐらい自習にして、先生寝たの」
「えっやば」
「ね?皆寝てたのに、残りの5分だけ起きるっていうね」
「休み時間になったら目が覚める的なアレだ」
「うん。ちょっとおもしろかった」
先輩は思い出し笑いをしていた。微笑ましい光景だ。
……それなのに、先輩は突然真面目な顔をして、こちらを見た。
「先輩?」
「尚は、私のこと……知りたい?」
「え……」
突然の問いかけにオレは思わず立ち止まる。でも、迷いはしなかった。
「知りたいです。先輩のこと」




