62 なんで
朝。改札を出ると先輩を見つけた。声を掛けようかと思って、やっぱりやめた。先輩の動きを観察することにしたのだ。
信号待ち。先輩はスマホを一瞬見て、信号をぼんやり眺めていた。やっぱり先輩ってスマホ、そんなに使わないよな。
信号が青に変わった。先輩がゆっくり歩き出す。
オレと先輩の間には二人学生がいる。先輩にはバレてないだろう。
あ、髪、手で梳かしてる。何度もサイドの髪を梳く。
……あれ?ちょっとハネてんのか。全然気にしなくていいのに。十分かわいい。
また信号待ちで止まる……かと思えば、青に変わった信号の方ーー反対側の歩道へと渡る。コンビニだろうか。
どうしようか、と一瞬考えて先輩を追いかけることにした。
「先輩っ」
「うわっ尚か」
「うん。おはようございます」
「おはよう」
「コンビニですか?」
「うん。今日は作る気になれんくて」
ってことは……
「……えっ自分で作ってるんですか?毎日?」
「あ……言って、なかったっけ」
先輩が一瞬、しまったっていう感じの表情をしたのが見えた。これはあんまり言うつもりがなかったことなんだ。
「凄いですね」
「いやいや……普通だよ」
「…………」
普通ではないでしょ。
その言葉が出てきかけて、止めた。さっきのあの態度からして、先輩は弁当を自分で作ることを特段凄いことだとは思ってない。今までのことを考えると先輩は『普通』であろうとしているんだろうから。
「尚も何か買うの?」
「いや、先輩見つけたから追いかけてきただけです」
「そっか」
コンビニに入る。先輩はまっすぐパンのコーナーに行った。かと思えば、曲がって値引きの品がいっぱいあるところに行った。
「どれにしようかな」
「意外とたくさんあるんですね」
正直意外だった。値引きとかいうと、全然種類とか選べないのかと思えばそうでもない。チョコクリームパンとか、ベーコンの……なんだろう、このパンの名前。
「日によっては、色々あるんだ。安いし、エコだし」
「WINWINですね」
「そう、それ」
先輩はチーズのパンとチョコクリームパンを取って、レジに行く。オレもとりあえず付いていく。
「ありがとうございましたー」
時間は8時12分。余裕だ。
「先輩って散財とかしなさそうですよね」
お昼だけ買って、お菓子とか一切見ることなくレジに行ったもんな。
「え?まぁあんまりするイメージ湧かないかも」
「ですよね」
「でも、尚もそうじゃない?そこそこちゃんと貯金してそう」
「そうでもないですよ……ってこともないか」
「やっぱり?」
ちらっとこちらを見て微笑む先輩。
思い返すと割と貯金はしてきたな、と感じる。物欲がたぶん人よりないんだろう。
スマホで読んだ漫画がおもしろくて買いたい、とか思っても一週間ぐらい経てばわざわざ買わなくてもいいかって思うし。
横断歩道を渡る。もう学校に着いてしまう。
「尚!」
「え」
先輩に腕を引っ張られる。反射で止まる。目の前で車が通った。
オレは呆然と横断歩道のど真ん中に立ち尽くした。
……信号、青、なのに。どうして。
「尚、大丈夫?」
危ないだろ、とか、信号無視してんじゃねぇ、とか、色々思うのに、オレは動けなかった。
先輩が心配そうにこちらを覗き込み、腕をそのまま引っ張って歩道へと連れて行く。
「先輩」
情けなかった。何もできずにただ立ち尽くすだけの自分が。
「……私の、せいだ」
「え?」
先輩から発せられたその言葉はひどく重たかったように思える。思わず聞き返したが、きっとこれは思わず漏れた言葉だ。
「先輩?」
振り返らない先輩にオレは声をかける。ろくに続ける言葉も見つけていないまま。
「……ごめんね」
ゆっくり振り返った先輩は、泣きそうな顔で笑っていた。
……なんで。なんで、先輩がそんな表情をするんだ。
謝るってどういうこと?
オレは授業中そのことをずっと考えていた。
先輩。先輩はきっと今まで散々人を助けてきた。きっと未来がわかるおかげで。未来がわかるせいで。
けど、さっきのアレは……こうなるってわかってたって感じではなかった。わかってたなら、きっと初めからあそこで渡るのを止めていただろうから。
……だったらなんだ?尚更わからなくないか?どうして先輩が謝るんだ?こうなることをすっかり忘れてた、とかはあり得なくないか。……いや、たぶん違う。忘れてたときはもっと焦っていた。青ざめて。
あの、階段で女子生徒が落ちかけていた、あのときは。
だったら、何に対して謝ってたんだよ。




