61 特別なもの
「さよならー」
「お疲れ様ー」
先輩方と先生に挨拶をして部活から帰る。
「はー疲れた……」
「疲れたねー」
小柳と並んで歩く。小柳は苦笑いを浮かべている。
結局タイルアートは終わらなかった。いや、並べるところまではできたんだけど、固めるところまではできてない。正直早く終わらせて、部活休みとかにしてほしい。……でも、そしたら先輩は?自習したいかもしれんし……まぁいいか。まだ暫くは普通に部活ありそうだし。
「そういや草間クンって理系だっけ?」
「あーそうだよ。小柳は文系だったっけ?」
「うん文系。結弦はたぶん理系だったか」
「お、そうなんだ。知らんかった。荒木とはまじで会わんのよなぁ」
「あははーそっか。そういや聞いた?今年、美専の人誰もおらんらしいよ?」
「え、まじ?」
「まじ」
純粋に驚く。毎年そんなに人数はいないけど、数人はいるって感じだと勝手に思っていた。たぶん、今の三年生の美専が三人だからだろう。でも、そっか……。
「なんか美専ってあんまり有名じゃないよな」
「だよね。まぁここじゃ偏差値高い高校だし、そっちの方がイメージ強いよね」
「な」
階段を半ば無意識に下りてると、もう三階に着くところだった。
「あ」
「え?なにさ」
「先輩と帰る約束してるから、ここで」
「……え、やっぱ付き合ってる?」
「ちげぇよ」
「なんだ、キミの片想いか」
「あーそうそう」
なんか面倒くさくなって適当に頷く。ちらっと小柳の方を見ると、あからさまに不服そうだった。
「じゃ」
オレはそれをスルーしてひらっと手を振った。
「はいはい、じゃーねー」
小柳はため息をつきながらオレに背を向けて歩き始めた。それを見てオレも先輩がいるだろう教室を遠巻きに覗く。
先輩は……いた。すぐに見つかった。
教室に残っていたのは先輩含め三人だった。オレは先輩に視線を送る。あ、気づいた。
先輩は立ち上がって筆箱にペンをしまったり、問題集を鞄にしまったりし始めた。オレはそれをぼーっと眺める。なんか、幸せ。かも。
「お待たせ」
「いえ、それはこっちなんで」
「いやいや、尚を待つってのがないと私も自習なんてしてられんからさ」
「そうですかー?」
「うん」
きっと、そうでもない。先輩はオレを待つって理由がなくとも勉強してるだろう。それは家に帰ってからってなるだけかもしれないし。
オレに気を遣わせたくないんだろうな。
どこまで優しい人なんだか。
「部活はどうだった?何作ったの?」
「タイルアート?やりました」
「へぇ?」
誰もいない階段を降りていく。二階に着く。さすが三年生、クラスの半数ぐらいが教室に残って勉強している。
「共テ」
「ん?」
「共テってもう終わりましたっけ」
「そうだね。先週に終わったばっかりだよ」
「そうか……あ、すみません、話変えちゃって」
「大丈夫大丈夫」
共通テスト。一年後には先輩も受けるんだな。そのさらに一年後にオレも。
どうにも想像できない。ていうか高校一年がもうすぐ終わるのも実感ない。やべぇな。
「来年、受験生なるん、ありえんな」
「えぇ?」
「や、だって自分が受験で、その前に模試受けまくるとか……普通に嫌だし、自信ない」
「大丈夫ですよ、たぶん」
「根拠のないことを」
「ははっすみません」
先輩は穏やかに微笑んでいた。けど、少し表情が変わった。迷い、みたいな。
「この世で一番大事なものってなんだと思う?」
「え…………空気?」
突然の先輩の言葉にオレはありきたりな回答をする。
「ある人は金といい、ある人は愛といい、ある人は夢という」
「え、無視?」
おどけて見せたけど、先輩はそのまま話を続ける。
「ある人は空気といい、ある人は人間という」
「…………」
「ある人は羨む心だといい、ある人は恨むことだという」
「うん、何の話」
状況が呑み込めなくて聞いた。一体何の話なのか。
「私の空想の話」
「お、おお……」
余計わからなくなった気がする。そしてその話はまだ終わってなかったらしい。
「ある人は、どれも等しいといった」
「…………」
「それを聞いた友人は、恋人ができてもそう言うのかと聞いた。そして答えた。だから特別なものは作らない、と」
そう言って先輩は意味深に笑った。本当に意味がわからないというのに、オレはその表情に見惚れる他なかった。
ただ、綺麗で美しくて、なぜオレ達が一緒にいるのか、頭の隅でそれを疑問に思うだけ。
「…………」
何を言えばいいのか。この沈黙を埋める言葉が見つからなくて……いや、この沈黙を埋めないといけない。そんな理由が見つからなくてオレは黙ったまま、何も言わなかった。
「ごめんね、突然変なこと言って」
「……いや、全然」
「なんか、時々そんな話が浮かぶの」
先輩は遠くを眺めていた。
だから特別なものは作らない
これは、先輩の本音なのかもしれない。




