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天才の弟  作者:
61/81

61 特別なもの

「さよならー」

「お疲れ様ー」

 先輩方と先生に挨拶をして部活から帰る。

「はー疲れた……」

「疲れたねー」

 小柳と並んで歩く。小柳は苦笑いを浮かべている。

 結局タイルアートは終わらなかった。いや、並べるところまではできたんだけど、固めるところまではできてない。正直早く終わらせて、部活休みとかにしてほしい。……でも、そしたら先輩は?自習したいかもしれんし……まぁいいか。まだ暫くは普通に部活ありそうだし。

「そういや草間クンって理系だっけ?」

「あーそうだよ。小柳は文系だったっけ?」

「うん文系。結弦はたぶん理系だったか」

「お、そうなんだ。知らんかった。荒木とはまじで会わんのよなぁ」

「あははーそっか。そういや聞いた?今年、美専の人誰もおらんらしいよ?」

「え、まじ?」

「まじ」

 純粋に驚く。毎年そんなに人数はいないけど、数人はいるって感じだと勝手に思っていた。たぶん、今の三年生の美専が三人だからだろう。でも、そっか……。

「なんか美専ってあんまり有名じゃないよな」

「だよね。まぁここじゃ偏差値高い高校だし、そっちの方がイメージ強いよね」

「な」

 階段を半ば無意識に下りてると、もう三階に着くところだった。

「あ」

「え?なにさ」

「先輩と帰る約束してるから、ここで」

「……え、やっぱ付き合ってる?」

「ちげぇよ」

「なんだ、キミの片想いか」

「あーそうそう」

 なんか面倒くさくなって適当に頷く。ちらっと小柳の方を見ると、あからさまに不服そうだった。

「じゃ」

 オレはそれをスルーしてひらっと手を振った。

「はいはい、じゃーねー」

 小柳はため息をつきながらオレに背を向けて歩き始めた。それを見てオレも先輩がいるだろう教室を遠巻きに覗く。

 先輩は……いた。すぐに見つかった。

 教室に残っていたのは先輩含め三人だった。オレは先輩に視線を送る。あ、気づいた。

 先輩は立ち上がって筆箱にペンをしまったり、問題集を鞄にしまったりし始めた。オレはそれをぼーっと眺める。なんか、幸せ。かも。

「お待たせ」

「いえ、それはこっちなんで」

「いやいや、尚を待つってのがないと私も自習なんてしてられんからさ」

「そうですかー?」

「うん」

 きっと、そうでもない。先輩はオレを待つって理由がなくとも勉強してるだろう。それは家に帰ってからってなるだけかもしれないし。

 オレに気を遣わせたくないんだろうな。

 どこまで優しい人なんだか。

「部活はどうだった?何作ったの?」

「タイルアート?やりました」

「へぇ?」

 誰もいない階段を降りていく。二階に着く。さすが三年生、クラスの半数ぐらいが教室に残って勉強している。

「共テ」

「ん?」

「共テってもう終わりましたっけ」

「そうだね。先週に終わったばっかりだよ」

「そうか……あ、すみません、話変えちゃって」

「大丈夫大丈夫」

 共通テスト。一年後には先輩も受けるんだな。そのさらに一年後にオレも。

 どうにも想像できない。ていうか高校一年がもうすぐ終わるのも実感ない。やべぇな。

「来年、受験生なるん、ありえんな」

「えぇ?」

「や、だって自分が受験で、その前に模試受けまくるとか……普通に嫌だし、自信ない」

「大丈夫ですよ、たぶん」

「根拠のないことを」

「ははっすみません」

 先輩は穏やかに微笑んでいた。けど、少し表情が変わった。迷い、みたいな。

「この世で一番大事なものってなんだと思う?」

「え…………空気?」

 突然の先輩の言葉にオレはありきたりな回答をする。

「ある人は金といい、ある人は愛といい、ある人は夢という」

「え、無視?」

 おどけて見せたけど、先輩はそのまま話を続ける。

「ある人は空気といい、ある人は人間という」

「…………」

「ある人は羨む心だといい、ある人は恨むことだという」

「うん、何の話」

 状況が呑み込めなくて聞いた。一体何の話なのか。

「私の空想の話」

「お、おお……」

 余計わからなくなった気がする。そしてその話はまだ終わってなかったらしい。

「ある人は、どれも等しいといった」

「…………」

「それを聞いた友人は、恋人ができてもそう言うのかと聞いた。そして答えた。だから特別なものは作らない、と」

 そう言って先輩は意味深に笑った。本当に意味がわからないというのに、オレはその表情に見惚れる他なかった。

 ただ、綺麗で美しくて、なぜオレ達が一緒にいるのか、頭の隅でそれを疑問に思うだけ。

「…………」

 何を言えばいいのか。この沈黙を埋める言葉が見つからなくて……いや、この沈黙を埋めないといけない。そんな理由が見つからなくてオレは黙ったまま、何も言わなかった。

「ごめんね、突然変なこと言って」

「……いや、全然」

「なんか、時々そんな話が浮かぶの」

 先輩は遠くを眺めていた。


 だから特別なものは作らない


 これは、先輩の本音なのかもしれない。

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