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天才の弟  作者:
60/81

60 嫌みなく

 リングの方が手前にくるように置いてなかったっけ。……まさか。

 オレは、ばっと後ろの扉を振り向いた。誰もいない。というか開いてすらいない。物音ひとつしない。

 ……そうだよな。誰かが見ていたとして、今ここにいるとか、そういう訳ではない。

 ーー母さん。母さんしかいないよな、これ見てるとしたら。でも……どうして何も言ってこない?あんなにオレが絵を描くことを嫌がっていたのに。捨てるとかしないのか。オレを罵倒するとか。まぁ、何も無いに越したことはないか。

 いいや、向こうが何も言ってこないなら、オレだって何も気づかなかったふりで通せばいい。

 オレはきっと親との相性が良くないだけで、ある程度恵まれた環境であることは自覚している。



「おはよー尚」

「えっ」

 朝、人の波に押されながら改札を出ると、先輩が隣に並んだ。珍しい。靴箱で会うことはあっても、こんなすぐに会うとは。

「電車降りて歩いてたら尚見つけて」

「そうなんですか。おはようございます」

「うん」

 信号で立ち止まる。ぼんやりと光る信号を眺める。

「あ」

「ん?どうした?」

「こないだ、一緒に帰るみたいな話したじゃないですか」

「したね」

「どこで自習してますか?確か2年生、三学期からは教室で自習可能でしたよね」

 場所聞いとかないと、先輩たちのフロアで歩き回る羽目になる。さすがにそれは避けたい。

「あ、そっか。確かにそうだ……どうしよっかな」

「……教室の方がいいんじゃないですか?まだ寒いし」

「だよねーじゃあ教室でする。部活終わったら来てくれる?」

「はい。……ちゃんと気づいてくださいね?自習しとる中に入るのはさすがにこわいんで」

「はーい。きっと気付くさ」

 わかりやすく口角を上げてグッドサインを送ってくる。逆に心配だ。

「じゃまた後でね」

「はい」



「じゃあ、今日からは卒業する三年生に向けてプレゼント作りということで……タイルアートをしたいと思いまーす」

「「「タイルアート?」」」

 オレと岡本さんと小柳の声が被る。今ここにいるのは二年が五人と一年が二人だ。……二人?

「今日荒木は?」

 先生がタイルアートの説明をしている傍ら、小柳に話し掛ける。

「今日はまじでなんでいないのか知らん。さすがに来ると思ってたけど……サボりかな。サボりだな」

「さすがすぎる」

「草間クンは意外と真面目だもんね」

「オレの必要最低限に部活は一応入ってるから」

「へー。必要最低限」

「そう。必要最低限」

 小柳との会話を止めて先生の方を見る。

「さ、作ってよ?」

「あ、はい」

 よくわかってないまま返事をする。先輩たちは手元にトレイと小さなタイルをかき集めている。ちょうどテーブルの中心にタイルやらなんやらが入った網籠がある。こっから取ればいいのか。

「三年生が十人だから、何人かに二つ作ってもらうよー」

 長間先生がオレ達一人ひとりの顔を見ながら言う。オレは苦笑いを浮かべた。正直人に渡すようなもので上手くやれる自信がない。自分のだったら全部自己責任だから色々できるけど。

「あ、こういうのって誰に渡すとか決めて作った方がいいか」

「確かにー」

「イメージカラー的な?」

 先輩たちが先生の言葉に頷く。

 ……確かにその方がいいのかもしれないけど、それもそれで難しいというか……誰が作ったか、すぐわかっちゃうじゃないか。

 そう思いながらも黙って先生や先輩たちの会話を聞く。

「……じゃあ、草間くんは木下さんでいい?」

「え、あ、はい」

 会話を聞いていたはずなのに気づけばぼーっとしていた。

 木下さんか。ほぼ話したことないな。というか、三年生と関わる機会とか文化祭ぐらいしかなかったし……その文化祭もただの事務的なことしか話してない。イメージカラー。ムズくないですか?

「んー……」

「どうした、草間クンよ」

「や……木下さんのイメージカラーってなんだろって」

「あー……オレンジじゃない?」

「そう?」

「いや、わからん」

「なんじゃそれ」

 オレンジ。確かに、なんとなく明るい印象があるから強ち間違ってないかもしれない。

 手を伸ばしてオレンジや黄色、緑の小さいタイルを取る。

「あ、オレンジにするんだ。確かに、ぽいよね」

 岡本さんに話し掛けられる。

「あ……小柳がオレンジだって言ったから、確かにって」

「よかった、イメージカラー、ズレてたらどうしようかと思った」

 だはは、と小柳が笑う。

「もっと軽い気持ちでやればいいんだよ、こういうのは」

「ちょっと気持ち悪い配色にならんように頑張ります」

「草間クンはだいじょーぶでしょ」

「いやいや、小柳の方が……」

 ーー賞だって取ってるんだし。

 思わず口から出そうになった言葉を呑み込む。こんなこと言ったら空気が悪くなりかねない。気をつけよう。

 ……つーか、オレ、小柳におめでとうって言ってない。でも、今更?タイミングがなかったし。今ここで言うのもなんか違うというか。それに……笑って、気持ちよく言える気がしない。

「あ、そういえば冴ちゃん、全国おめでとう」

 一瞬心臓が止まった。岡本さんだ。彼女だって賞は取ってなかったはず。少しの嫌みも何も感じさせない、ただ、『おめでとう』の感情だけを伝えられるんだ。

「あ、ありがとうございますぅ」

 小柳は照れながらお礼を言う。オレも、言わないと。喉の奥が渇いて貼り付く。一度唾を呑んで声を出す。

「おめでとう、小柳」

「え、ありがとう」

 小柳は驚きながらも嬉しそうだった。……よかった。安心した。気持ちも少しすっきりした。

 バシィっ

「えっ?」

 突然肩を叩かれる。岡本さんに。え、なんで?

 オレは岡本さんをじっと見る。え、なに。なんなの?

 岡本さんは微笑みながら、頷いた。……いや、わからんて。なに?

 何がなんだか、よくわからなかったけど、オレは笑っていた。

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