6 よくわからない
「あ、尚」
「え、先輩?」
美術の授業があるから移動していると、先輩とばったり出くわした。手には生物の教科書を持ってる。
「おはよ。ごめん、今日遅れるから先どっか行ってて」
「え、はい」
ん?どっか行っててって、なんかおもしろいな……いや違うて。
「なんかあるんすか」
「まぁあるっちゃある」
「あぁ、そう……」
あるっちゃある。頭の中で反芻する。
「うん、じゃね」
先輩はそう言って手を振った。めっちゃあっさりしてんな。
「あ……はい」
先輩はよくわからない。
「いてっ」
ろくに前を見ずに歩いていると、階段に躓いた。だせぇ。後ろを振り返るともう先輩はいなかった。
「なぁなぁそーま、例の先輩とはどうなってんの?」
「だからどうもなってないって。何回言わせんだ」
オレの席の前に小平が座る。まったくもって、小平の席ではない。
「嘘つけぇ」
「嘘じゃねぇ。ってか、べつに告白されてねぇし」
「え?じゃあお前何言われたんだよ」
「えー…………なんだっけ」
「おまっふざけんな」
小平が肩をどついてくる。この感じも久しぶりっちゃ久しぶりだ。最近は先輩が来てばっかだったからなぁ。
「……なんか、オレの絵が好き?的な」
「へーそか………………それだけ?」
小平はオレの筆箱をいじりながら言う。
「うん、まぁ」
「まじ?…………なんやねんっ」
小平はわかりやすく落胆する。なんでおまえが落胆する。その拍子に消しゴムが筆箱から逃げる。
「おいこら、消しゴム落としてんじゃねーか」
「え、うそぉ。ごめん」
小平は消しゴムを取りに立ち上がる。すぐ謝れる奴は良い奴だ、と密かに感心する。
「すまん、そーま」
小平はオレに手を突き出す。オレは手を広げて消しゴムを受け取る。
「いーですよ」
「ですよ……。まーええわ。おまえみたいな鈍感そうな奴に彼女できるとか、まだ早かったな」
あれ。話題が帰ってきた。
「あ?馬鹿にしたな?」
「いやいやいや、違いますよ草間さん」
半笑いで小平は手を合わせて、謝る仕草をする。
「おまえ、いつも楽しそうだな」
「そーかぁ?」
小平はそう言うとまた笑った。
「そーなの。じゃ、おやすみ」
「え、寝んの?突然すぎん?まぁいいや、おやすみー」
顔を机に伏せる。心地良い。何も考えなくていい。
誘ってくる眠気に抗わず、眠りについた。