59 明日が来る
「……じゃあ、少し聞いてもらっていいですか」
「うん。なんなりと」
オレ達は美術部の近くの公園に移動し、ベンチに座った。少し離れたところに小学生ぐらいの子供が遊びまわっているのが見える。寒いけど、天気だけは凄いよかった。
「ははっ……うん。オレは、そこそこ自己評価高くて、美術部の中でもまあまあ上手い方だと思ってて」
「うん」
「今までも佳作だけは多分人より多くもらってきて、だから、今回も何かしら……奨励賞とかあると思ってたんです」
オレは足の上で組んだ手を眺めながら言う。下を向いていることに気づいて、また子供達を眺めるように顔を上げた。
「そっか」
「はい。自分に酔ってた、恥ずかしいとか、悔しいとか……ない訳じゃないけど、そうじゃなくて、なんていうか……がっくりきたというか、失望したっていうか」
手を握り込む。痛い。……気がする。
「うん」
爪の食い込んだオレの手に、先輩は手を重ねた。少し、冷たかった。なのに、どこか温もりがあって、手の力が抜けた。気づけば、オレは笑いながら泣いていた。
「オレ、オレは、絵が本当に好きなのかわからない。描きたいから描いてるのか、ただ、事務的に描いてるのかも。今回だって、『描ききった』って、思えなかった」
「うん」
「……前に、先輩と初めて会ったときに、言ってましたよね。『上手に本音を隠している』って」
先輩がすぐ隣で息を呑んだのがわかった。
「……そうだね」
どれだけ、先輩が真剣に話を聞いてくれているのか、それがわかったら次々と言葉が出てきた。
「もう、ずっと。気づけばずっと、オレは何がしたいのか、何が本音なのか、わかんなくて……」
「大丈夫」
先輩がそう言い、重ねた手に力を込めた。
「先輩」
「大丈夫だよ。もし、絵が好きなのか、わからなくても、それを迷える時点で君は空っぽじゃない。大丈夫」
「……うん」
「平凡が一番だよ。平凡でいいんだよ。平凡がいいんだよ。だから、君は何も間違ってない。それでいい。そのままでいい。自分は自分で、生きればいい。……大体、画家とかってさ、時代とかによるじゃん。死んだ後に評価されるって人もいるんだから、何も気にしなくていいよ。きっと、尚の絵を好きな人もいる。私もそうだし」
途中から掠れた先輩の声を聞くと、湧き上がる感情があった。うん。これこそ、もうずっと、ある。
「うん……先輩」
「なに?」
「ありがと。好き」
「…………」
先輩はオレの言葉に口を開けたままこちらを凝視している。それもそうか。オレは流れるように告白したんだから。……でも、付き合ってほしいとか、そういうことを言うつもりはない。
「好き。それだけ」
「……うん……うん、そっか」
先輩は目を閉じて、微かに笑った。
「ねぇ尚」
「はい?」
駅に向かって先輩の隣を歩く。
「明日から部活ってある?」
「え?あー卒業する先輩たちに色々作るらしいので、多分ありますけど、先輩は多分気まずくなるんで来ない方が……」
少し前に聞いたことを思い出しながら言う。多分しばらくはその作業だけだろう。
「じゃあさ、待ってるからさ、毎日一緒に帰らない?」
一瞬言葉が理解できなかった。というか、予想だにしなかった言葉すぎて、理解が追いつかなかった。
「……え?でも帰る時間わからないし、結構待たせるかも……」
「ううん、大丈夫。もうすぐ受験生だし、残って勉強するよ」
「そう、ですか。なら……」
…………いや、どういう意図で?
なんか普通に話してるけど、毎日一緒に帰るって何。付き合ってないのに?いや、え。どういう関係なの、オレと先輩は。わからん。わからん。
「じゃあ、また明日」
「あ、はい。また……明日」
電車のドアが閉まる前に、と外に出た。振り返ると先輩はこっちを見て、手を振っていた。オレも手を振り返す。
目の前でドアが閉まった。
「……また、明日」
明日が来る。先輩のいる明日が。
「依存……」
自室の部屋に寝転んで天井を見つめた。口からすんなり出てきた自分の言葉に少し驚いていた。それをあっさり受け入れる先輩もどうかと思うけど。
……まぁ、きっと本当なんだろう。依存するってのは。
オレはもう駄目かもしれない。あんな優しい表情で受け入れられたら、もうブレーキのかけようがない。
にしたって、出会ってまだ数ヶ月なのに、全然そんな感じがしない。なんなら好きになってる。
てか、依存してもいいって何。
ただオレが可哀想すぎたのか?まぁ、それも先輩の態度見てればそのうちわかるか。……わかるか?いや、どんな距離感で話せばいいかはわかるか。
…………絵、描いて落ち着こ。
オレは立ち上がり、机と本棚の隙間に置いてあるスケッチブックを出す。
「ん、あれ?」
いつも通りのはず。けど、何か違和感が……。ーーまさか。




